「にんたい」と「くるしみ」 初冬の病棟にて
今にも降り出しそうな冬の曇り空の下を、○○君と☆☆さんの待つ病院へ向かった。
まず、2時から3時まで、☆☆さんと関わる。まだ訪問学級の担任の先生もお母さんも着いておらず、二人だけで始めた。彼女の口元のかすかな返事も、心拍数も頼れない中、ただ、私の左の手のひらの中に包み込むように乗せた彼女の右手のわずかな変化だけが手がかりだった。そして、何とか読み取れたように思えた最初の文字が「に」。そのうちに先生が到着して、「に」でいいか、確認してもらった。何となくいいようだということで、再開。
にんたいしてま
ここで眠そうになっているようだと、到着したばかりのお母さんがおっしゃったので、○○君に代わった。
○○君は、1年くらい前に比べると、口の動きが悪くなって、読み取りに時間がかかるようになってきた。そんな中で、1時間以上かけて綴った言葉が次のようなものだった。
どうしてくるしみぼくむけてくるの くるしい C
具体的に具合のよくないことを書くいつもの文章とは違い、気持ちがストレートに表現されたものだった。たいへんな難病との戦いの中で、病状が回復する見込みはこれといってなく、現状を保つことが精一杯という治療を受けている彼が、こういう思いを吐露することは、あまりにも当然とも言える。しかし、誰も、この問いに答えることはできない。しかし、ずっと、そばで見守っていた看護師さんは、彼の体をさすったり、髪をなでたりしていた。それが、看護師さんからの精一杯の答えだったとも言える。
思いを語らずに秘めているよりも、こうしてはき出すことが、自分自身を対象化して見ることには意味があるには、違いない。しかし、まだ、あどけない小2の少年には、あまりにも厳しすぎる。
だが、この言葉を書いてから、彼は、突然アルファベットの画面を選んだ。そして、迷いながら、Cを選ぶ。私が、「CDのこと?」と尋ねると、返事がない。そこへ、若い訪問の先生から「DSのことかな?」と尋ねるとそうだとばかりに唇が動いて返事が返ってきた。この重い文章を書いた後、彼は、みずから話題をゲーム機の方に切り替えてきたのだ。重苦しくよどみそうになっていた空気は、彼のおかげで、また、明るくなった。救われたのは、私たちの方だった。
そして、再び、☆☆さんのベッドに戻る。彼女の書きかけの画面の「にんたい」という言葉も実に重い。そして、また私の手のひらの上に彼女の手のひらを重ねて、彼女の親指にひっかけたスイッチの取っ手を動かしながら、読み取りを始めた。
今度は、わずかな動きながら、比較的スムーズに読み取られていった。そして、できあがった文章は、次の通りである。
にんたいしてまえからにんたいをわかってくれることをまっていました
中2の少女と小2の少年の病床での戦い。私にできることは、ただただ、わかってあげることのみだ。
病院を出ると、すっかり真っ暗になった空から、冷たい雨が降っていた。
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2008年12月10日 01時12分
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小児科病棟 |
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