ニックネーム:柴田保之
性別:男
年齢:56歳
障害の重い子どもとの関わりあいと障害者青年学級のスタッフとしての活動を行っています。連絡先は yshibata@kokugakuin.ac.jp です。

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2013年06月05日(水)
病魔去れ ここには天使の見守れり
H君とSさんの病室を訪問しました。H君は、中学生になったので、この機会に、病院のみなさんにお礼をきちんと言っておきたいと、文章を綴りました。

   中学生になって

 ぼくはまれな難病を背負ってこの世に生まれてきましたがN病院のみなさんのおかげでここまで成長することができました。N病院に来なければ今のぼくはありません。 
 なつかしいのはよい治療法がないけれど最善をつくしますと母にT先生が告げた日のことです。よい治療法がないのは残念だったけれど最善をつくしてくれるなら悔いはないとぼくは小さいながらに考えました。
 なつかしいのはN病院の看護婦さんたちがぼくにこげパンのキャラクターを見てとって何度となくプレゼントを買ってきてくれたことです。なかなかわかりにくい言い方になってしまいますがぼくは看護婦さんたちの必死の愛情を感じました。だれもがぼくを強い子どもになって困難を乗り越えられる子どもになってほしいと願っていたのだと思います。だからこげパンだったのだと今でも思っています。
 なつかしいのは人間として認められた日のことです。人間として認められたのはのどから手が出るほどほしかった言葉を手に入れたときです。どういう偶然なのかわからないけど柴田先生がぼくのところに来てくれてまだ三才にもなっていないぼくにひらがな教えてくれたのです。ぼくはひらがなもまだ読めなかったのですが勇気がわいてがんばって一生懸命覚えました。我が意をえたなどという言葉はまだ知りませんでしたがろうそくにあかりがともった気持ちがしたのをよく覚えています。
 なつかしいのはSちゃんとおなじ部屋になった日のことです。初めてぼくにも仲間ができました。
 ぼくはほんとうにこの病院でたくさんのしあわせを手に入れました。だから心から感謝しています。ぼくはN病院が大好きです。人間として認めてくれたすべてのスタッフの方々に心から感謝します。


 そして、いつものように俳句を聞かせてくれました。タイトルの言葉もその中の一つです。
  
だれもよき名前を持ちて空あおぐ。
夜に泣く私を案じたやさしき目。
見よわれを小さき体に宿るもの。
技をぼくに使いて未来が開かれし。(技は医療技術のこと)
ばらばらとふる雨の音ただ闇に。
疲れたる自分に待たすことはなし。
ばらばらと雨音のして夜どよむ。
よい未来つくる技術にわれ頼む。
ついにわれ世に届きたりラジオにて。
小さき荷背負いてわれも坂登る。
なつかしき調べに秘密の願いかけ。
ついに来た人間として立つよき日。
自画自賛わが小さきこの人生。
病魔去れここには天使が見守れり。
実の子かとみまごうほどにかわいがる。
人間と夢にまで見し幼き日。
技をなくし立ちすくむ日もあり目に涙。
つがいの鳥仲良く窓でわれ見つむ。
わが涙もっと輝け未来木を。
無我になる光につつまれ臨む日に。
泣き虫も強くもらいし力「レラ」。レラは力の神です。作りました。
挽回しわれは荷の解け身は高く。
人間だぼくは高き声をあぐ。
悩む日は遠くに去りて瑠璃色に。
月に誓う分相応には生きないと。
月に手をさしのべひかりと握手した。
身を粉にす無償の愛をかけられし。


 また、Sさんは、こんな詩を聞かせてくれました。

  夏を越える旅という短い詩を作りました。聞いてください。

夏を今年は越えられるだろうか
そんな願いのような言葉が
梅雨にきまって浮かんでくる
薔薇にとげがあるように
人には苦しみを神は与えた
夏を越えることが私には一つの旅だ
紫陽花の咲き誇る道を過ぎ
枯葉の小道にたどりつく長い旅が私を誘う

2013年6月5日 22時36分 | 記事へ | コメント(0) |
| 小児科病棟 |
2013年03月29日(金)
二人の卒業
 満開の桜が町中にあふれている中、久しぶりにSさんとH君の待つ病院を訪問しました。
 同じ病室にいるSさんは高等部を卒業、そしてH君は、小学部を卒業しました。久しぶりの訪問でしたが、二人は、卒業にふさわしい詩を作って待っていてくれました。

 まず、Sさんの詩です。

  瑠璃色の宝石 

銀世界になる雪の朝
私は瑠璃色の宝石を眠らせようと
そっと土に埋(うず)めた
瑠璃色の宝石は私にとって
大事な過去の思い出がつまった宝石
望みがかなわない頃のつらい思いも
つらさゆえに感じられた人の優しさも
みんなつまっている
瑠璃色の宝石を
優しい雪が包み込み
私はよき未来をさらに夢見る
人間として生まれて
人間として認められ
人間として生きていくことができれば
私はもう何もいらない
私たちは緑の風を
冒険への誘いとして
感じることができるだろう
私はつらい定めを
瑠璃色の宝石に閉じ込めたから
もう自由な人間だ
だから冒険を始めることにしよう
瑠璃色の宝石よ
静かに永遠の安らぎの中で眠りについておくれ


 そして、次のように続けました。

 私たちはこうして言葉を得て煉獄から抜け出すことができましたが本当に私はもんもんとした日々に別れを告げることができてよかったです。だから先生が忙しいほうがまたどこかで仲間がもんもんとした世界から抜け出せるのだと感じられてうれしいです。私たちは本当に幸せだなと思います。わざわざ忙しい中来てくださってありがとうございました。

 なかなか時間が作れなくなった私に対して、広い心からかけてくれた言葉でした。そして、もう一篇、詩を綴りました。

  めれんげの花に寄せて

メレンゲでできた甘く美しい花よ
あなたはろうそくがよく似合う
私は私の敏感な感性を光として
あなたのろうそくにともしてあげよう
理想がかなう日を夢見ながら
私たちはろうそくの光に祈りを捧げ続けよう
ろうそくの光ハイツまでも消えることはない
だがメレンゲの花よ
あなたはいつかだれかに食べられるだろう
もしあなたを食べた人が寂しい人だったら
あなたはきっとその人の寂しさを癒やすだろう
もし涙にくれている人があなたを口にしたならば
あなたはその涙を止めてあげるだろう
わたしはあなたのような魔法はできないから
ひたすらあなたに祈りを捧げていこう


 H君も、まず、忙しくなった私に対して、言葉かけてくれました。

 こんにちわ。先生が忙しくなって本当によかったです。僕はとても不安でした。なぜなら誰も先生やM先生を認めなければ僕やSさんの存在も永遠に認められないままになってしまうからです。

 そして、小学部を卒業するに際して、作った詩を聞かせてくっれました。


  卒業

ぼくは小学校を卒業した
まっさらなランドセルを買ってもらったのが昨日のようだ
まったく背負うことはなかったけれど
わずかなわずかな希望への道のようだった
またかあさんはがんばってぼくにかばんをくれた
まるで願いが詰め込まれているように
かばんはふっくらとふくらんでいる
わたしはよい中学生としてまた毎日を過ごしていこう


 最初にH君に会った時、彼は3才でしたが、大急ぎでひらがなを教えて、彼は少しずつパソコンで気持ちを表現し始めました。そして、それから3年後のある日、ベッドの脇に真新しいランドセルが置いてあったのです。今日という日だけを見つめていこうと考えて彼と接していた私に、未来を感じた鮮やかな瞬間だったので、私もランドセルをたいへん印象深く覚えていました。彼の言うとおり、そのランドセルに手を通すことはなかったけれど、彼の小学校生活をランドセルは見守って来たのでした。そして、詩を聞き取ったところで、目をベッドの脇の方にやると、そこに、すてきな青いリュックサックがありました。やさしくふっくらとした真新しいかばんに、また新しい未来が見えました。
2013年3月29日 16時25分 | 記事へ | コメント(0) |
| 小児科病棟 |
2012年05月08日(火)
ゴールデンウィークの小児科病棟 詩と俳句
 病棟は、ゴールデンウィークにはあまり縁がない。主治医の先生も、看護師さんも、お休みにもかかわらず勤務しておられた。
 高校生の☆☆さんは、今日は、一篇の詩を用意してまったいてくれた。


 ブロンズのいのち

人間としていいドリームは
命をきらきら光るブロンズの像にかたどることだ
なぜ人のいのちははかないのだろう
なぜ無残にもいのちは突然絶たれるのだろう
じっとベッドに横たわったままの私のいのちも
なかなか夢をかなえさせてはもらえなかったが
小さな光が射してきた
なぜだろう
理解されて言葉の分かるいのちとして唯一の夢が実現した
人間としての誇りを取り戻すことができた
なかなか私の言葉は世の中にまでは届かないけれど
悔しがることももうない
なぜならどんないのちにも自分のいのちにも不思議な力があって
うきうきした身にあまるなつかしいマイドリームがあるからだ


 となりのベッドの小学生の○○君は、たくさんの俳句と一篇の詩を要していた。
 まず、俳句から紹介したい。冒頭の何句かは生まれてからずっと病院で暮らしてきた○○君を献身的に看護してきた看護師さんたちのことだ。彼は看護婦さんという言い方の方が好きだとも言いながら、看護婦さんというのを入れると文字数が足りなくなるからとも説明した。

まなざしを高く掲げて挽回す。
じっと待つ 身を粉にせる人振り向くを。
わしづかみしたき心を持てる人。
身を尽くし 心も尽くせり どんな日も。
わずかな手まさしく昔に訪いし手を。
 これは長い間僕を見てくれた看護婦さんは久しぶりに帰ってきてもまったくもとの手触りだったということです。(といしの漢字は)訪問の訪です。
誰にでも存分に来られたく更ける夜。
わずかな身 夜を通して身震いす。
長き夜をラジオと共に夢に舞う。
短くてまだ明けきれぬつまらぬ夜。
わじわじと身に迫り来る悶々と。
理想手に夜を過ごせり 平和の手。
忘れじの七つの光 涙なし。
わざわざとよきまなざしを届けた子。
わだかまる思いの晴れて雨上がる。
分相応なぜ私たち取り残す。
私の目リンドウの咲く野を求め。
わざわざ輪つないでわずかな希望つぐ。
よい理解得られし日のあり春去りぬ。
弓を持つ是非届けたき気持ち付け。
つがいの鳥世の中に告ぐなかよしや。
長く鳴き雉の呼び声何目ざす。
小さき野緑を残し冬枯れし。
わざわざに理想を掲げ邁進す。
実の子も他人の子どもも区別せず
わずかに日 残りし空に光る星。
短き夜 理想の瑠璃の見えて無に。
梨一つ路上に落ちて暮れる森。
疲れた身 横たえ善願いつつ。
唯一の希望なくさず練習し。
なぜぼくに言葉が分かると聞きし人。
緑なす野に立ちて祈る春深し。
瑠璃色と理想混ぜたし光る石。
技に出すひとりでは出せぬわが声を。


 そして詩は次のような、少し迷う心を表現した作品だった。

なつかしい南の風よ
南に帰れと君は呼ぶか
黙ったままに吹き付けて
僕を南に誘って
南の風は去っていった
理解できない南の風の呼び声は
わずかな希望をもたらして
ろうそくに火を灯したが
僕にはなぜか南には
何かが勇気を逃げ出させ
理想を僕から奪っていっただけど
僕は南の風を忘れない
南の風には空行く雲の
わがままな気持ちが許せない
南の風はひとすじに理想に向かって向きをとる
よい南の風よ
僕には理想が届かない
わずかな勇気がほしい
僕に理解できるメッセージを送ってほしい
やさしく僕を導いてほしい
わずかな希望を育てたい


 ○○君は、俳句でははっきりとした気持ちが表現されるのに対して、詩では迷った気持ちが表現できるとも言っていた。

 遠くで激しい竜巻や雷を起こしたというにわか雨が、病院に着く頃降り出したのだったが、変える頃にはすっかり青空が広がっていた。病院の窓から見える緑は狭くかたどられてしまっているが、その緑も新緑そのものだった。
2012年5月8日 22時09分 | 記事へ |
| 小児科病棟 |
2012年03月03日(土)
大雪の日の病棟 その2
 同じ病室のもう一人の少年は、ひとしきり、なかなか理解されない状況を嘆いたあと、用意していた俳句を一気に綴った。

誰一人 泣く者のなき のどかな日
唯一の目 われに注げり ぬくもりは
つらき道 長く続けり 降れる雪
微妙な夜 小さく機械の音響く
ぶんどらず みんなで分かつ よき報せ
ぶよぶよの体を乗せたベッドに日
わずかな身留守の守人わだかまる
小さな身とは小さい子どものことでみんな買い物に行ってしまって留守番の寂しさを読みました。子どものことです。
小さき手二本伸ばして空を抱く
美の果ての忘れられない願い事
雪に舞う希望積もりて静かな夜
南風夜の窓辺のわずかな音
南風吹く日の遅れどんより雲

人間に認められし日 よき牡丹
ずる休み道草のなき願い楽
小さき花人にあげたしリンドウを
なぜ逃げぬ雀理解者われを見る
わずかな輪広がり見せて笑い頰
理解され誰もが人と見られる日
理想の輪なぜ広がらぬろうそく揺れる
わだかまり増える日花のしおれゆく
人間と見る人にランプの光射す
よく眠り目覚めた朝に罠はなし
利害なく人働ける病院は
道なきをこれまで歩みてつながる命
なぜ涙あふれてきたかやさしき手
ぬくもりは願うろうそく満ちて光る
密の味わからないまま残る人
黙ったまま看護してくれる人たちのことです。
西日射しわずかに残る日に望む
わずかな帆あげて小さな舟出ずる
読んだ本積まれしベッドのたわみ増え
理想なき何人(なんびと)もここにはとどまれず
勇気の火ともりて南の風に乗る
南風待つ鳥の目に誓い
びろうどに人はまといて理想語る


 限られた病室の空間の中で想像の羽根を思い切り羽ばたかせて広大なイメージの世界を翔け回って書かれた俳句である。
2012年3月3日 20時36分 | 記事へ |
| 小児科病棟 |
大雪の日の病棟 その1
 明日から3月だという日、関東平野に大雪が降った。少年と女子高生の待つ病棟の窓からも、一面の銀世界が見渡せた。
 ☆☆さんは、いきなり詩から始まった。

  七つの花

七つの花に私は黙ったままぼんやりと望みを託す
七つの花は誰にも見えなくてひっそりと咲いている
七つの花は私だけにしか見ることはできない
わずかな冒険しか知らない私にとって
七つの花は理解されない寂しさをどうにか慰めてくれようとして
七つの涙を流してくれた
私にとって七つの涙は勇気をくれる不思議な涙
私を黙って未来へと誘う
わずかなあかりが射している
わずかな夢がにおっている
七つの花をめでながら
私はごんごんとしたつらい思いを忘れる


 そして次のようなコメントが続いた。

 理想的な花をいつも夢見てはわずかな「ぞうねん」をなくそうと心がけています。

 「ぞうねん」という言葉が出てきたとき、おそらく雑念という漢字があてられるのだろうと思ったが、現在は十分に文字を見ることのできない彼女があきらかに漢字を前提にして言葉を選んでいるので、立ち止まって、「ぞう」という言葉はたぶん漢字をイメージしていると思うけれど、その漢字の別の読みはと尋ねてみた。すると明確な答えと、言葉が続いた。

 ざつ ほんとうは漢字は見えませんがわかります。なぜなら私にも小さいときからの記憶があって見えていたからです。だいたいのイメージはあります。はい。漢字もけっこう覚えていました。だけどだれも知りませんでした。私たちにもなんでも理解できる知性があるとはだれも考えなかったからです。

 ここで一緒に病室を訪れていたM先生が語りかける。
「私の小学生の孫なんて学年の漢字を覚えるのがやっとなのに」
 すると、

だって私たちには時間が山のようにあるからです。時間が足りないのだとおもいますお孫さんは。遊びにいそがしくて漢字など覚えるひまがないと思います。

 M先生からの質問が続く。
「漢字は何で覚えたの?」

 テレビです。テレビにはむずかしい漢字がいっぱい出ますから覚えました。テレビは音が出るので聞かなくてもわかります。ママはテレビをよく私と見ていましたから。たぶん私たちは疑問があっても聞けないし勉強も教えてもらえないからなんでも一人で勉強しなくてはいけなかったのです。だから一人で覚えるのは慣れています。(今はテレビは見えないけれど隣のベッドの)○○くんのラジオが聞こえるのでだいじょうぶです。

 そして、次の言葉へとつながっていった。

 政治の話は大好きです。どうしてかというと私たちにとって政治はとてもかかわりが深いからです。なぜ病院の予算がけずられてしまうのかなどとても大事な話だからです。野田首相は初めての政治家です。私たちのような存在を取り上げてくれた政治家は。みんなきれいごとは言うけれど初めて本気でとりあげてくれました。みんなの希望の星です。小さい記事のなかですが忘れられない話でした。涙が出るくらいうれしかったです。ラジオです、ラジオのニュースでした。 

 まさしく仙台の大越桂さんの話だった。そこで、そのことにふれ、パソコンの中にあった「花の冠」の合唱の映像を聞かせてあげた。

 いい歌ですね。私にもそういう希望の種がとどきました。わずかではあっても私たちのことが理解されてうれしいです。小さいころからだれにも理解されなくてずっと悲しかったけれど私にも自信がわいてきました。わずかな望みですが理解される世界が一歩またちかづきましたね。 

 そして、この後、大越さんにあてて、すてきな手紙が書かれた。
 
2012年3月3日 20時05分 | 記事へ |
| 小児科病棟 |
2011年12月24日(土)
もっともっと生きたい
 小学4年生の○○君は、隣のベッドの女子高生の短歌の授業を聞いて自分も俳句を作ることにした。

なぜ泣くの みそらに小さな七つ星
夕焼け空の不思議な小さな夢の道
夜空のそばのリンデンバウム わずかな夢を奏でつつ
ランプの火 理想を燃やし西の空

よい俳句ですか。たぶんいつつ
(最初いきなりこれらの句を立て続けに書いたので実は俳句であることもわからず、一篇の詩なのかもしれないと思い、質問したらこう答えが返ってきた。実際は4つだった。)
 お願いします。僕も◇◇先生の話を聞いて感動したので作ってみました。(◇◇先生は隣のベッドの高校生に短歌を授業で教えた先生のこと。)わずかな知識ですがリンデンバウムという木をとてもなぜか忘れられませんでした。忘れられません。いい歌ですから。リンデンバウムを先生たちが知っていてうれしかったです。

リンデンバウムどこにも見えぬ夜の明けず
虹は空 僕の心に夢の橋
夏の星 輪になり雁が見送って
夏の星 リンデンバウムに伝令を
輪の中の寄せられし木の葉 油脂を溶かす

油脂はこぼれた松やにです。どうしてかわからないけれど知っていました。焚き火をしていて松やにのついた木の枝が燃えているところです。はい想像ですが良い俳句ですか。そうです秋の終わりの寂しさを読みました。

夏の星 南の理想の呼び声と
つらい喉わずかな息に和音の音


ここで主治医のT先生が入ってこられて、再生医療の説明をして彼の考えが聞きたいとおっしゃった。別に親の同意さえあればいいことになっているけれど、きちんと聞いておきたいからとのことで、普段から彼を大事にしている先生ならではの言葉だった。

 ぼくたちのためならいいですがなぜ先生はわざわざ聞くの。ありがとうございます。ぼくをきちんと見てくれてうれしいですが夢のようです△△ができるなんて。もうだめだと思ってきたのでうれしいです。ぜひお願いします。だめでもともとですから。お願いします。ぼくにはだめでも次の同じ病気の子に役立てばうれしいですからお願いします。なんでも聞いてくださってありがとうございます。なつかしいです。小さい頃のことが。ぼくは長く生きられないと覚悟していましたからどこに行ってもこれが最後だと思っていましたが今は希望を持って生きていますから安心してください。ついに新しい治療法が見つかったなんて夢のようです。先生ありがとうございますここまで育ててくださって。やっぱり生きてて良かったです。夏休みにはもうだめかと思う場面もありましたがまた元気になれてこんな話が聞けて良かったです。もっともっと生きたいですからよろしくお願いします。なぜだかわからないけれど小さい頃の不安な日々が懐かしく思い出されます。面倒なぼくを引き受けてくださって感謝しています。なぜT先生は何人もいる子どもの中でぼくのような子どもまで見てくれたのかいつも不思議でしたが勇気が必要なときにはいつも先生が側にいてくれてうれしかったです。これからも不安なときは側にいてください。よろしくお願いします。そろそろ疲れたので終わります。

 彼に会ったのは3歳半の冬。最初にそんなに長くは生きられないという説明を受けてから彼に会った。その彼の幼い頃の思いや生きることをめぐる覚悟をこんなに明確に聞いたのは初めてのことだ。3歳児にワープロができるのかと疑っている余裕などなかった。残された時間は短いかもしれなかったからだ。そして、2、3度ひらがなを教えた後、ワープロに挑戦し、わずかに動くあごで成功した。しかし、その頃すでに彼は自分の命についてしっかりとした自覚を持っていたのだ。目の前の10歳の少年は、りっぱな一人前の存在だった。
2011年12月24日 10時13分 | 記事へ |
| 小児科病棟 |
2011年03月17日(木)
東北関東大震災のこと 病室からのまなざし
 東北関東大震災の被災者の方々に心からのお見舞いを申し上げるとともに力強い復興をお祈り申し上げます。

 地震の前の約束をキャンセルせずに病院にうかがった。2時過ぎにうかがうと先に到着しておられた先生から、今日は3時過ぎから停電になるかもしれないと言われた。停電になった際の人工呼吸器等の機器の管理で、看護士さんたちはあわただしく立ち働いておられた。○○君の愛用のラジオは、ずっと震災のニュースを流し続けていた。いつもよりも音量が大きかったのはきっとお医者さんや看護士さんたちも情報がほしくてラジオの音量をあげたのだろう。もし計画停電が実施されれば1時間弱の時間で、☆☆さんと○○君の気持ちを聞かなければならないので、大急ぎでパソコンを開いた。
 ☆☆さんの言葉は、やはり、この大きな災害にかかわることだった。

 いい季節になったと喜んでいたらこんな大変なことになってとても驚いています。
 なぜこんな悲しいことが起こるのかわからないけれど小さいときからどうして私には障害があるのかと考えてきたのでみんなよりはよく考えられるのかもしれないけれど全然わかりません。
 小さいときはよく神さまをうらんだりしたけれどじっと煩悩ということを考えて望みだけは失わないようにしてきたのだけど、理解できないほどのできごとでした。
 びろうどの未来が被災者にも訪れることが唯一の願いですがどうなっていくのかとても心配です。みんなずっと人生を投げ出さなければいいなと思います。


 人間を襲う誰のせいでもない理不尽なできごとについて考え抜いてきたけれど、今回のことはわからないという彼女の気持ちは痛いほど伝わってくるものだった。
 ここで彼女は、私に「先生はどう思いますか。」と尋ねてきた。私には答えきれない問だったが、私は私なりに方丈記の地震や飢饉に関わる記述、良寛の地震に関しての言葉などを印象深く読んでいた自分には、「煩悩」という言葉を使った☆☆さんの考えは親近感を感じたので、「私の考えもあなたの障害ついての考えに近いと思うけれど、それをはっきりというほどわかっているわけではないのでなかなか大きな声で胸をはっては言えない」と答えた。すると彼女はこう続けた。

 ごめんなさい、へんなことを聞いて。本当ですね。本当のことをわかっている人は誰もいないですね。
 小さいときからの疑問でしたがようやく答えが見えそうだったのにまたわからなくなりました。
 人間というのはむずかしい存在ですね。病院にいるとそういうことをよく考えさせられます。


 もっと話を聞きたかったが、限られた時間なので、○○君のベッドのほうに行った。彼もまたこの大きな震災に関するものだった。

 生き死にということを考えました。なぜこんなことが起こるのかよくわからないけれど何千人もの人が亡くなったのがとてもわかりません。人生を途中で断たたれてしまって。よくわからないけど目的というのが本当に持てなくなりそうです。なぜぼくが生きているのか、なぜ私たちの苦しみがあるのかなど、わからなくなりそうですが、理想は理想としていいこんなわかり方があるかぎり目的を大切に生きていきたいです。理解できない悲しみにもきっと意味があるのでしょうね。わかるのはむずかしいかもしれないけれどどうにかしてぼくも生きる意味を見つけたいです。みんなもきっと同じだと思いますから。ぼくもどうにかして生きる意味を見つけ出したいと思います。わずかな希望さえあれば人間は生きていけるということをぼくたちがどこまでも証明してきたのでみんながんばってほしいです。
 私たちの仲間のことがとても心配です。願いはもっと私たちの仲間のこともニュースで伝えてほしいです。ぼくたちのことをもっと理解してほしいです。
 ぼくたちも生きていると世界に向かって言いたいです。分相応ではなくて望みどおりに生きたいですからよろしくお願いします。


 途中、停電の予定時刻が来たけれど、幸い停電はなく、会話も続いた。一緒に訪問した先生は、被災地でたくさんの人々が支えあっているという話を○○君に聞かせた。すると彼はこう語った。

 ぼくたちのことと同じですね。ぼくたちもいろいろな人に支えられているので、ごらんなさいぼくたちのことをと言いたいです。そうですね。未来のみんなの幸せはそこから始まるということですね。
 どうにもならない苦しさも勇気を出せば乗り越えられるということがわかりましたからだれでも人間は同じだと思います。こんなにたくさんの人が亡くなると悲しいけれど大切なことがよくわかるのですね。
 どうにかしてぼくたちのことを世の中に伝えたいけれどみんなぼくたちのことを何も考えていないと思っているのでわかってもらいたいですね。


 ☆☆さんも○○君も、障害という状況の中で生きる自分たちと被災された方々とを重ね合わせて理解しようと懸命だった。
 そして、☆☆さんに向けて次のように書く。
  
 ぼくたちにも勇気を持って生きる心があるということを、人間だから心があるということを、悩みも当然あるけれどみんな希望を持って生きているということを伝えたいですね。☆☆さん。
 
 容易には届けられないけれど、こういう思いで被災地を見つめているまなざしがあるということを、ともかく記しておきたいと思う。

 

2011年3月17日 10時19分 | 記事へ |
| 小児科病棟 / 東日本大震災 |
2010年08月28日(土)
初めての帰宅 小児科病棟の訪問
 生まれてからずっと小児科病棟の病室にいる○○君とお会いした。現在小学校4年生。その彼が、初めて一泊だけ家に外泊することができた。人工呼吸器など、様々な医療機器を携えての帰宅だ。しかし、 それは、彼にとって、本当にうれしい外泊だった。
 そして、宿泊を終えて病院に戻ってきたちょうどその日、私は彼のもとを訪れた。
 体中で喜びが表現されていた。

 聞いてほしいことがあります。ぼくは初めて家に帰りました。何度も夢に見たことだったのでものすごくうれしかったです。理想は家で過ごすことですがなかなかむずかしいので時々でいいから帰りたいです。
 もうすぐ涼しくなったらまた帰れるとT先生が言っていたので楽しみです。ぼくの妹を紹介します。のんきな妹で、のんきだから寝てばかりいます。とんでもない妹ですがとてもかわいいです。なぜ満足できるのかわからないけどよく笑います 理想はぼくも家族の輪の中で普通に暮らしたいけどなかなかむずかしいです。私たちは理解者が少ないので理解者を増やしたいのだけど、なぜみんなわかってくれないのだろうか。
 なるべくのんびりとしたいです。楽な生き方も大事だと思うのでぼくも妹のようにのんきに生きたいと思います。小学六年生です。そうでした。ねえさんでした。ねえさんだけど子どもに見えたからついつい妹と言ってしまいました。そうです。(病室に)はいれないので会っていないのでとてもうれしかったです。はい、とても喜んでくれました。みんなで写真を撮りました。みんなでぼくを囲んでとてもしあわせそうでした。もらったプレゼントはろうそくでした。はい。ぼくの詩を読んで買ってくれました。とてもうれしかったです。ろうそくのあかりという詩を作りました。聞いてください。はい、光がとてもきれいでした。

千本のろうそくの明かりはないけれど
ここにはきれいな一本のろうそくがあり
ぼくにすてきな希望をくれる
涙に濡れたぼくのへんてこりんな顔をきれいに照らし
忘れられない未来の輝きをくれた
まだまだ未来はくらい闇の中にあるけれど
ろうそくの明かりがあるかぎり
ぼくは空高く舞い上がれるだろう
冒険をするための野をかける翼もないけれど
ぼくは必ず飛び立てるだろう
勇気さえあれば私の理想はかなうだろう
涙をふいてろうそくの明かりを高く掲げて
未来に向かって飛び立とう


ろうそくの灯りが私を照らす
涙の跡をくっきりと浮かび上がらせながら
どれほど私は待ったことだろう
悩まない眠りよ
私を涙の夜から解き放ち
夢とは違う本当の灯りで照らしてほしい
夜の闇よ
私に涙を流させた夜の暗闇よ
もうおまえには負けない
そよ風よ
ろうそくの明かりを消すことなく
私を遠い願いの国まで運んでほしい
私はいつまでも待ち続ける
このろうそくが輝き続ける限り
理想のろうそくの輝きよ
光り続けよ
夜の闇を照らしておくれ


よい光を放ち
よい温かさを運び
ろうそくは私たちを照らす
ぼくはろうそくの明かりがともり続ける限り
闘いをやめようとは思わない
ろうそくよ
自由の明かりよ
ぼくの行く手を照らしてほしい
私たちはよい翼もなく
ここに忘れ去られた存在として生きている
未来の夢を照らし
そんな私たちの苦しみを照らしてほしい
理想も誇りも深い悲しみの海でなくしてしまったから
遠い世界には行けないけれど
自由を探すぼくの前を明るく照らして


2010年8月28日 00時50分 | 記事へ |
| 小児科病棟 |
2009年10月28日(水)
小児科病棟の秋の午後 
 台風の影響で風雨の強かった夜が明けて、真っ青な青空が広がった日の午後、病院の訪問に向かった。○○君のベッドサイドに腰を下ろし、彼の手を小さく振りながら「あかさたな…」と唱えながら言葉を聞き取っていくと、彼は、さっそく次のような言葉を語り始めた。

 こんにちは。昨日のことですが、物語のような緑の道を車で動き回る夢を見ました。日曜日のことのような感じでした。望みが夢に出てきたのだと思います。車の夢をよく見ます。よい夢ばかりではなく、悪い夢も見ます。無理に車の前を横切っているうちに少し止まってしまい、ひかれそうになる夢です。怖い夢です。車の夢を見るのは若人のしるしですからいいのですが、よい未来を夢見る方がいいと思います。
 うれしいです。気持ちを言うことができて。いいやり方ですね。信じられませんが僕の気持ちなので信じないわけにはいきません。未来がこのやり方で開けそうです。苦しいです気持ちを言えないのは。うれしいです。いいやり方ですね。いい方法ですね。苦労して来たので、いい気持ちです。理解してくれてうれしいです。


 3歳の時からつきあってきた彼は、今、小学3年生だが、手をふる方法で文章のスピードがあがってから、たくさん気持ちをあふれるように語るようになった。その喜びがまず、語られたわけだが、続いて、こんなことが語られていく。

 聞いてほしいことがあります。昨日の六時頃、苦しくなってこのまま死んでしまいそうな気がしましたが、T先生が来てくれて呼吸器を止めて手で呼吸をさせてくれて楽になりました。未来が開けそうな矢先だったので、とても怖かったです。昔からこんなことはよくありましたが、こんなに怖かったのは、初めてのことでした。未来があると思うことがこんな気持ちを生み出すとは思いませんでした。うれしいですが、この間も怖かったです。怖いのはいやですが、気持ちを聞いてもらいたいので、やはりこのわかり方を続けてもらいたいです。うれしいです。気持ちを言うことができて。もしこのやり方を知らなかったらどうなっていたかと思うと夜眠れないことがあります。うれしいですが、このやり方をもっといろいろな人とできるようになりたいです。いいやり方ですが、昨日は怖かったです。
 うこんのことを思い出しました。うこんのことは、いい話です。うこんというよい花があるそうです。うこんの花はきれいな心をしていて、うこんのことが好きな人にはいい香りを出しますが、うこんのことが嫌いな人にはいい香りは出しません。未来の希望を香りにとたとえると、ぼくの気持ちと同じです。未来の希望を出すのは、ぼくのことをわかってくれる人にだけです。未来の希望は、もっと見つけるのが大変ですが、わかりませんでした。でも今はわかります。苦労してきたので、未来の希望を探すことは大変でしたが、苦労してきたので今はもう希望を探すことは、このやり方があるのでわかります。希望を探すことは、このやり方で言葉を伝えていくことだとわかりました。苦労してきたので、言葉で伝えられたらいいと思えるようになりました。未来が向こうからやってきたような気持ちです。向こうからやってきたのでわかりやすかったです。未来を苦しみから解放したいです。未来から、過去の苦しみを解放したいです。未来を過去から解放したいです。
 美しい希望が必要です。美しい夢がこのやり方で見られるようになりました。いいやり方ですね。うれしです。いい気持ちです。うれしです。未来が開けてきたので、未来を希望に変えてしまいたいです。うれしです。いいやり方ですね。うれしいです。
 苦しかった。呼吸ができなくなって苦しかったです。苦しかったけど、よい先生なので助かりました。苦しかったけど、未来があるのでまだまだ死ぬわけにはいきません。くるしかったけど、まだまだ、未来があるのでこのままでは死ぬわけにはいきません。未来があるからまだまだ頑張りたいです。うれしいです。気持ちをこのやり方で言うことができて。美しい希望がわいてきました。うれしいです。未来が広がってきました。いいやり方ですね。うれしです。美しい未来が開けてきました。うれしいです。美しい希望が未来に見えますから、頑張りたいです。
 このやり方をみんなに伝えてください。◇◇先生もできるのは知っています。☆☆ちゃんといつもやっているのを見ていますから。いつもうらやましく思っています。うらやましいです。ぬいぐるみのような人生はおしまいです。昔からそう思っていましたが、なかなかかないませんでしたが、これでかないそうです。もっとみんなに広げてください。お願いします。


 そして、ここで隣のベッドの☆☆さんの担任のM先生に代わる。すると、最近、ずいぶん読み取りが速くなったM先生に、次のような言葉を短時間で伝えることができた。

 夢がかないました。よろしくお願いします。

そして、再び私に代わって次のように言葉が続いていった。

 M先生のやり方はとてもわかりやすい。柴田先生のやり方は少しわかりにくい。わかりました。声が少しかすれているのでわかりにくいです。わかりやすい声でお願いします。いいやり方ですから、大きい声でお願いします。苦労してきたのでうれしいです。美しい未来が切り開けてきました。苦労してきたので理想の未来がかえってよくわかります。いいやり方ですね。うれしいです。いいやり方だから、大きな声でお願いします。理解してくれてありがとうございました。うれしいです。陰気なぼくだったけど、これで陰気ではなくなることができそうです。これで、ころころと笑うことができそうです。このやり方をよろしくお願いします。いいやり方ですね。いいやり方だから、大きな声でお願いします。美しい希望がわいてきました。

 ここで、前回、彼がダカーポの「野に咲く花のように」(『裸の大将』のテーマソング)を聞きたいと言っていたので、ダカーポの歌う歌とは違うけれど、同名の歌があるということで、今年のわかそよのDVDのことを告げた。するとさっと次の答えが返ってくる。

 見せてください。

 そして、わかそよの合唱ステージの冒頭の、3人の詩の朗読と、「願いの季節」と「野に咲く花のように」の合唱を聞いてもらった。すると次のような感想が述べられた。

 苦しい気持ちをしている者にしかわからない気持ちがよく表れていました。とても感動しました。苦しい気持ちが少しらくになりそうです。いい歌でした。願いがかなうとうれしいです。いい歌でした。「野に咲く花のように」という歌を教えてくれてありがとうございます。未来が開けてきました。未来が見えてきました。うれしいです。未来を昔から解放したいです。

 ついでに、「野に咲く花のように」のメロディーは私が作ったことを告げると、次のような驚きの声が帰ってきた。

 信じられません。まさか先生が作ったとは思いませんでした。美しい歌を聞かせてくれてうれしかったです。

 病室の閉ざされた世界に、彼は、ラジオを通して外の世界への通路を作っている。こうしたわかそよのことが、彼に外の世界への新しい通路を作ってくれたらと願うばかりである。
2009年10月28日 00時11分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2009年10月04日(日)
言葉を越えるもの
病棟で、最近一人の友を失った☆☆さんは、9月、ずっと、そのことを悩み続けていた。訪問学級の担任先生と、手を振ることで行われる会話は、ずっと友の死を悲しむものばかり。そんな9月の終わりに、私は、☆☆さんのもとを訪問した。この病室には、ずっと入院を続ける中3の☆☆さんと小3の○○君とがいるが、その部屋に、新年度になってから、一人仲間が増えた。女の子だったが、その子が、7月に亡くなったのだ。
☆☆さんは、この日、まず次のように語り始めた。

こんにちわ、ずっと待っていました。問題は、もう一度死んだ友だちに会えるのかどうかということです。理解してはいますが、よい心と悪い心が本当の私をよくわからなくしてしまいます。理想の考えは、よい心の時に私に訪れてくるのですが、悪い心はなかなか私に理想の考えを見せてはくれません。友だちの死は、この上ない悲しみを私にもたらしますが、私はなかなか悲しみから解放されません。よい考えを知りたいです。よい考えを聞きたいです。よい考えは今学期のうちに私は知りたいです。願いは、野をわたる風のように、私も澄んだ気持ちで願いを持ち、瑠璃色の澄んだ心で私を見つめて、この悲しみから抜け出したいと思いますが、ろうそくのほのおが消えそうになるのが怖いです。よい考えを知りたいです。よい考えを聞きたいです。理想の考えを知りたいです。理想の考えを聞きたいです。
 私は空の上で◇◇ちゃんが泣いていると思うので、悲しみが止まりません。この気持ちを取り除くには、どうしたらいいのでしょうか。教えてください。この気持ちをどうすればいいのでしょうか。理解しているのですが、なかなか問題は解決しません


 友を失った悲しみが大きいということはわかる。だが、いったい、その悲しみの裏にはどのような思いが隠されているのだろうか。それを知りたくて、☆☆さんと様々なやりとりをしていった。

(柴田:どうして◇◇ちゃんが空の上で泣いていると思うの?)

◇◇ちゃんはろうそくの炎がまだまだ燃えられるのに消えてしまったようなもので、悲しがっています。私の考えはおかしいですか?

(柴田:別におかしいとは思いません。この問題は、誰も答えがわからないので、とてもむずかしいのだけど、確かに、まだ燃えられるのに途中で消えてしまったというのは、ぼくもそう思うけど、でも、別の考えもあって、本人からの見方をすれば、まだまだ燃えられるように思うけど、別の見方をすれば、全部燃え尽きたという人もいる。空の上で◇◇ちゃんがどう思っているかは、もっとむずかしいことで、もう誰にもわからないことだと思う。でも、もし、今、◇◇ちゃんが空の上から見ているとしたら、悲しんでいるかどうかわからない。それは、生きている時の感じ方で、空の上ではまるでちがう感じ方をしているかもしれない。そのまま、悲しみをひきずったままというこはないかもしれない。神さまを信じる人は、魂は救われるっていう。魂は悲しんでいないと。)

 その考えは、私も考えました。が、望みをかなえられなかった、◇◇ちゃんは言葉を語ることができませんでした。望みはかなわなかったと思います。私のかなった望みを◇◇ちゃんにも感じてほしかった。だけど感じることができないまま死んでしまったことが残念です。

 どうやら、☆☆さんの悲しみがいつまでも癒えないのは、自分が話すことによって得た喜びを◇◇さんが、感じることのないままに亡くなってしまったことへの深い思いがあるらしいことがわかってきた。同じ病室にいたのだから、もうあと一歩で◇◇さんは望みをかなえられたのにという、切実な思いがするのだろう。その思いをかなえさせてあげられなかったのは、誰のせいでもない、私自身である。人間関係を作ってからゆっくりそういう機会を作っていこうなどと、悠長なことを考えていたから間に合うことができなかったのだから。ただ、私は、◇◇さんがこの部屋に移ってきてから、この病室の3人の間に、様々な心の交流が生まれていたことをうかがっていた。確かに◇◇さんは、言葉を表現はしなかったかもしれないが、大切な時間がこの病室の中を流れていたはずだった。

(柴田:この部屋にきて感じられるものもあったのではないか。)

私の言葉を伝えることができて、◇◇ちゃんもうれしかったと思います。

(柴田:☆☆さんの言葉をM先生が伝えてくれたってこと?)

そうです。

(柴田:◇◇ちゃんの言葉は聞けなかったけど、◇◇さんは、仲間のつながりの中にいたんじゃないかな。)

はい、そんなふうに気持ちを伝え合っていましたからうれしかったです。勇気をもらいました。散歩にも行きました。よい時間を過ごしました。それがいい感じでした。心に残る思い出です。

(柴田:今、☆☆さんたちの言葉を読み取れる人は、やる人が真剣で。まだだれていないところがある。だけどみんなが使い始めたとき、ただしゃべればいいかというと、当たり前になるとあんまり大切じゃないことにも使われるかもしれない。最後に残るものは、何かというと、とっても大切なものがあるはず。◇◇ちゃんはしゃべれなかったけれど、☆☆ちゃんとの間に、その大切なものが流れていたんじゃないか。例えば、この言葉を聞き取る方法でお金もうけしようとしたら、☆☆さんの大事なものなんかどうでもよくなってしまうはず。だから、言葉よりも大切なことがあるということ。◇◇さんとの間に、言葉よりも大事なものがあったということでしょう。)

 わかります。願いでしたから、言葉を話すことが。だから私は話せてうれしかったです。よいやり方に出会えてよかったと思います。それだけが、心残りです。私と過ごした時間は大切に思います。それだけが心残りです。私と過ごした時間は大切に思います。勇気が湧いてきました。もう悲しく泣いてばかりいるのは終わりにしたいと思います。素直な気持ちで生きていきたいと思います。勇気が湧いてきました。理解してくださってありがとうございました。よいやり方ですね。そう思いますが、もっと大切なものがあるとわかりました。もっとよい心になることこそ大切だということがわかりました。よい心はもう私にはなくなってしまったかもしれませんが、まだ、よい心を持ち続けられるようにがんばりたいと思います。よいやり方ですが、心の方が大切です。
 心をそっと願いの風にのせて、空高く舞い上がらせたいです。心を舞い上がらせたいです。勇気が湧いてきました。理解してくれてありがとうございます。うれしかったです。よい心の方が大切です。そのことを理解して、いい空の風になりたいです。よいやり方ですが、心の方が大切です。そのことを理解して、この人生を生きていきたいと思います。


 言葉を話せたらそれはとてもすばらしいことだろう。そして、一人でも多くの人のが言葉を表現することができるように、一歩でも前に進んでいくことが、私に与えられた使命でもある。だが、言葉よりも大切なことがある。それを決して忘れてはいけない。私は、確かに、一つの方法を手に入れた。しかしやはりそれは「方法」である。方法は、時には本当の目的を見失わせてしまうこともあるし、形骸化し、堕落することもある。
 亡くなった友と☆☆さんとの間に流れていたもの。そのことに対する感性を失ってしまったら、私たちの仕事は、本末転倒のものとなる。
2009年10月4日 22時02分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2009年09月26日(土)
ラジオ深夜便のつながり
6月のこと、生まれてからずっと病院にいる○○君は、自分のことを誰かに知ってほしいと伝えてきた。答えに窮した私の目に飛び込んできたのは、ラジオ深夜便の雑誌である。彼は、小さいときから夜中にNHKのラジオ深夜便を聞いており、時折、枕元にラジオ深夜便の月刊誌が置かれていることがあったのだ。思わず、ラジオ深夜便に投稿してみようかとい言葉が、口をついて出た。さしたる目算があったわけでもないが、いったん口にしたところ、がぜん彼の目が輝いた。そして、一気に、次の文章を書く

  ぼくは、○○といいます。からだが動かない病気でずっと病院でくらしています。ゆいつの楽しみは、からだを動かして気持ちを伝えることです。勇気がほしいです。勇気が必要です。よく、ラジオ深夜便を聞いています。夜寝られない時に、よく聞いています。夜がさびしいとき、ラジオがゆいつのぼくの楽しみです。ぼくの気持ちが言いたくて、詩を作りました。読んでください。お願いします。

 見守ってください ぼくのことを
 見守ってください ぼくの夢を
 見守ってください ぼくの未来を
 見守ってください ぼくのワンモアチャンスを
 見守ってください ぼくの未来の姿を
 見守ってください ぼくのつらいからだを
 見守ってください ぼくの感動を
 見守ってください ぼくのよくそだった気持ちを
 忘れないでほしい 白衣(はくい)の下のまごころを
 忘れないでほしい 白衣の下の勇気を
 忘れないでほしい 白衣の下の若い願いを
 忘れないでほしい 白衣の下の望みを
 忘れないでほしい 白衣の下の夢を
 忘れないでほしい 白衣の下の未来の私たちの姿を
 忘れないでほしい 白衣の下の私たちに対する愛情を
 忘れないでほしい 白衣の下の献身を
 忘れないでほしい 白衣の下の愛あふれる望みを
 忘れないでほしい 白衣の下の夢いっぱいの心を
 忘れないでほしい 白衣の下のすばらしい未来を


 胸がつまるようなこの文章を、さっそくラジオ深夜便の雑誌の編集部に投稿した。ふだんそんな時間帯にラジオを聞く習慣もない私は、この手紙がどんなふうになったのか、皆目検討がつかなかった。そして、7月の終わり、再び、病院を訪問。今回は、2ヶ月近く間があいてしまっていた。すると、彼は、いきなりこんなことを語り始めた。

 こんにちは、柴田先生に聞いてもらいたいことがあります。この間すてきなことがありました。ラジオ深夜便でぼくのことが紹介されました。聞きましたか。
(聞いていません。メールで深夜便の雑誌の方に送ったけれど。)
理解してくれる人がいてうれしかった。
(他の人知っているの?)
知りません。聞いたのぼくだけです。
(どういうふうに流れたの?)
信じられないけど勇気が出てきました。良いわかり方をしてもらってうれしかった。
(いつころ?)
7月のはじめのことでした。
(あのあと、すぐラジオを聞いたら、紹介するコーナーがわからなかったので、雑誌の方に送っておいたのだけど。)
ぼくのこと、言ってました。雑誌の人が出て、読んでくれました。読んでくれてうれしかったです。聞いてくれているかと思っていました。
(毎日聞いているの?)
はい、夜中はいつも聞いています。
(いつ寝てるの?)
午前中よく眠っています。午前中寝れる理由は、夜寝てないので、眠くなる。
(当たり前だよね、なんで夜起きているの?)
夜は寂しくて眠られません。だから、小さい音で聞いているの。つらい時はよく深夜便を聞いています。(しっとりとした話をしているよね。)
理解してくれそうな人が聞いてます。(病院で聞いている人も多いみたい)
夜眠れない人が聞いています。夜聞いている人の中には、大人だけではなく、子どももいます。勇気をもらっています。よい理解をしてくれそうです。
(びっくりしたな)
聞いていたと思いました。
(伝わるとは思っていたけど、いつやるか全然知らせてくれたいはしなから)
聞いてほしかったです。
(ぼくも聞きたかった)
つらいときには、そのことを思い出しています。深夜便の人に手紙を書きたいです。
(今ですか?)
はい。

そして、再び、彼は手紙を書いた。

 ぼくは○○です。理解していただけて、とてもうれしかったです。理解していただけて、夢がかなったような気持ちです。理解していただいて勇気が出てきました。理解していただけて理想の理解者を見つけられたような気がします。理解してほしいわけは、僕たちのような子どものことをわかってほしいからです。よい理解者がほしいです。理解者を探しています。わかってくれる人を探しています。理解してくれる人がほしいです。夢を見ているような気分です。理解していただけて本当にうれしかったです。理解していただけて本当にうれしかったです。理解していただけて理解者が増えた気がしました。夢みたいです。理想がかなってぼくはとてもうれしいです。寂しい夜はいつも深夜便を聞いています。わかってくれる人がいるといつも願っていました。わかってくれて本当にうれしいです。気持ちを伝えられるのは、月に一度、柴田先生という人が来る時だけなので、なかなか伝えることができません。よい方法で聞いてくれます。気持ちを伝えることができます。勇気をいつももらってこのやり方で僕のとなりのベッドの女の子も気持ちを伝えています。理解してくれる人がいることがとても僕たちにとっては貴重です。僕たちは、みんなと同じように考えているのですが、なかなか聞いてもらうことができません。理解してくれる人がほしいです。聞いてくれる人が必要です。
願いは、乗り物に乗って世界を回ることですが、理解してもらえないと夢も伝わりません。だからつらいです。気持ちを伝えたいです。願いは世界をかけめぐることです。勇気が出てきました。理解してくれる人たちがいてしあわせです。理解してもらえてうれしいです。願いは、世界をかけめぐることですが、願いはかないそうにありません。僕の病気は悪いわけではありませんが、僕のこと、メロメロにしてしまいます。悪いわけではありませんが、僕を苦しめます。僕をろくでもない考えにさせます。暗い気持ちにさせてしまいます。とてもくやしいです。夢がかなうとは思いませんが、夢を見ていると、とてもいい気持ちになります。理解者を探しています。理解者を求めています。気持ちを聞いてくれる人を求めています。よろしくお願いします。すてきな夜をいつもありがとうございます。願いがかなってうれしいです。理解してくれてありがとうございました。理解してほしいです。夢みたいです。理解してくれる人たちがほしいです。夢みたいです。よい理解者を探しています。よい理解者をお願いします。よい理解者を探してくれませんか。るんるんした気持ちにさせていただいてありがとうございました。よろしくお願いします。わかってくれてありがとうございました。うれしかったです。よい放送をしてくれてうれしかったです。


 そして、一編の詩を書く。そして、この詩にはメロディもついていた。

願いの夜がふけていく 
みんな静かに眠るとき
理想を夢見て僕は目をあける
夢はいつもかなわないけど
夢はいつも理想のろくでもないぼくを笑ってる
理解してください ぼくの愛を
理解してください ぼくの理想を
理解してください 若いぼくのりりしい 若者らしい夢を
理解してください るんるんしたい 若々しい ぼくのよいわかり方を
ぼくの勇気を ぼくのわかり方を 
理解しようとしてください ぼくのことを
理解しようとしてください りかいしようとしてください

 理解してくださってありがとうございました。歌を聴いてくれてわかってくれてうれしいです。夢みたいです。信じられない感じです。希望が湧いてきました。夢みたいです。

(そろそろ終わりにしましょうか。)
 はい、ありがとうございました。また来てください。

 そして、9月1日、私は、熊本で、1年半ぶりに☆☆さんに会ったが、何と、そこで、ラジオ深夜便をめぐる話題になった。だが、それは最後のなので、まずは、彼女の1年半ぶりの思いを聞こう。極端に動きの少ない彼女からは、なかなか長い文章を引き出せずにいたし、空振りに終わることもあった。しかし、今回は、手を振る方法で、長い言葉を聞くことができた。

 来てくれてありがとうございます。聞こうとしてくれる人がわりと少ないので寂しいです。苦しいことがありました。夕べ今日のことを私に教えてくれたのを忘れていましたので、寝るのを忘れてしまいました。
 この方法は誰が考えたのですか。苦しみから解放された気分です。これで言葉を話すことができます。夢みたいです。気持ちを聞いてくれてとても笑い出したい気持ちです。苦労してきましたが、ようやく言葉を私も話すことができます。うれしいです。夢みたいです。うれしいです。
 苦労してきましたがこれで安心です。この方法をかあさんやばあちゃんにも教えてください。苦労してきましたが、やっと私の気持ちを言うことができそうです。夢みたいです。いいやり方ですね。よいやり方ですね。うれしいです。苦しかったけれど勇気が出てきました。苦労してきたけど、うきうきした気持ちです。夢みたいです。
望みはきれいな心で生きていくことです。
 勇気が出てきました。瑠璃色の光がさしてきました。見たこともない世界が、門が開かれて姿を現したようなわくわくした気候の様に私を包みます。ゆんんゆんんとした気持ちです。瑠璃色の光がさしてきました。ゆんんゆんんとした気持ちとは私が考えた言葉です。


 そして、詩を聞かせてくれた。

きれいな風が吹いてきて
この世界に苦しみをなくそうと
私に向かって吹いてくる
苦しみを越えて 苦しみを乗り越えて
ゆんんゆんんと苦労してきたから
夢をかなえることが楽しみだ
苦労したから私の夢は
苦労したから私の夢は
苦労したから私の夢は
瑠璃色に輝いている
夢はいつもかなわなかったから
夢はいつもかなわなかったから
いつまでも輝き続けている
願いを聞いてくれる私の心の中の夢の友だちを
聞いてくれることを
クレヨンの転がるように
私にこんこんとわからせてくれる友だちを
私にクレヨンの転がるような静けさで
夢をください
クレヨンの転がる音を聞きながら勇気を出している

 この詩は私が高校生の時に作りました。よい詩ですか。クレヨンの音とはクレヨンを転がすのが大好きだったから、心に残っています。
テレビを見るのはとても楽しいです。
暗い気落ちをこの方法で吹き飛ばすことができそうです。勇気が出てきました。
 このやり方をばあちゃんに伝えてください。苦労しどうしだったから言いたいことがたくさんあります。


 最初のところで、「寝るのを忘れた」という言葉があったのがひっかかっていたので、テレビの話しになっとところで、夜もしかしたらラジオを聞いているのではないかと尋ねてみた。すると、聞いているという。そして、その日の早朝は、私が8月18日に金沢でお会いした山元先生がラジオ深夜便で話をすることになっていたので、養護学校の先生の話を聞かなかったかと尋ねると、次のような答えが返ってきた。

 山元先生という人でした。かっこという人でした。よい話でした。これからもラジオを聞きたいです。苦労した人の話が聞けます。

 あまりの偶然にただただ、驚かされるばかりだったが、さらに、だいぶ前に、病院で生活をしている少年の話を聞かなかったかと尋ねてみると、答えは次の通りだった。

 聞きました。長いこと病院に入っている子どもの詩でした。苦労している人の話はとても好きです。聞きました。願いがかなってよかったですね。○○君によろしく伝えてください。苦労した話を聞くと勇気が出てきます。

 ○○君のことを聞いていた人が、遠く離れた九州にいたのだ。まだ、○○君に伝えていない。しかし、彼はどんなに喜ぶことだろう。


2009年9月26日 00時26分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2009年03月18日(水)
はなのあいだをとびかうちょうのように…
 コートのいらない暖かい日射しの一日、病院を訪問した。最初は中学生の☆☆さん。

こんにちわ、きてくださってありがとうございます

と、手をふって聞く方法であいさつをしてくれたあと、

すいっちでやってみたらどうなりますか。

と提案がきた。理由を聞くと、横で書き取る先生が大変だからということだった。そこで、プッシュ型のスイッチを使って、パソコンでやってみることにした。そして書かれたのは、次のような文章だった。

いいかんじです ねがいがかなってびっくりしています ゆめのようでいいきもちでかんどうしています ずっとねがってきたのでなんだかしんじれないきもちです しんじてもらえてかんしゃしています 
きょうはたとえばみんなをつれて にほんじゅうののはらにはながさいたようなきもちです ののはなのようになもないわたしですが ゆめをみながらはなのあいだをとびかうちょうのように るんるんととびまわっています てんのひかりをあびてへいわなむかしのふしぎなこえをききながら むかしのじぶんのきもちをおもいだしていると よいほんでもよんでいるようなきぶんになります ぶんしょうとしてかいてみると よけいにきちんとしたすてきなきぶんになることができます くるしくてもきもちをひょうげんすることができるとくるしみはきえさっていきます じぶんでぬいぐるみのようにおもってきましたが にんげんとしていきていることをこころからじっかんできます ちいさいときからずいぶんとおまわりをしてきたけれど ようやくみらいがひらけてきました すばらしいはじまりです どこにもいけないわたしですが のぞめばののはなをめぐるちょうのようにどこへでもいくことができます げんきだったころにはそうぞうもつかなかったようなきもちですが けっしてふこうではありません くるしさのなかにはまたよろこびがあることがはっけんできました ねがいがかなってかんげきです 
すてきなほうほうをかんがえてくださってありがとうございます ○○○くんがまっているのでおわります

 そこでとなりのベッドの小2の○○君に代わろうと思ったが、一つだけ、先生が聞いておきたいとおっしゃっていたことがあったので、それを尋ねた。それは、同じ病院に最近入院している中学3年の女の子に、ひとこと卒業のお祝いを書きたいので、その言葉を聞いてほしいということだった。

ののはなのように ほほにほこりをもっていきましょうね
よいゆめをわすれないようにいきましょう
これからもよろしくねどんなときもきぼうをたいせつに
☆☆より ××さんへ
これでおねがいします

 そして、この様子をずっと隣で聞き耳を立てて聞いていた○○君もさっそく、パソコンでやるとどんな感じになるのと聞いてきたのでパソコンで挑戦した。

すなおにいきていきたいとおもいます すなおなきもちのつもりでもだれかをきずつけてしまうのがつらいです ふしぎです すらすらぶんしょうがかけていきます なぜわかるのですか ふしぎです じぶんではちからをいれていないのになぜよみとれるのですか ここだとおもっています ふしぎですがよいやりかたです ちいさいころからなんでもきもちがいえたらいいなとおもってきたので うれしいです すみません くびがいたいです すこしやすみます

 その後、首の疲れがとれないらしいので、スイッチはやめて、手だけで聞いていった。
 すると、いろいろな気持ちを話しているうちに、私の大学はどこにあるのと尋ねてきた。渋谷と答えると、ラジオをよく聞いている彼はわかったとのことで、すてきなおねえさんたちのいるところですねというようなことを、言ってきた。だが、ここから、彼は、一気に話の方向を変えてきた。
 内容は、自分はずっと病院にいて、外に出たことがないので、外に出て、いろいろなものを見たり聞いたりしたいというようなことだった。そして、小さいときから気持ちを伝えたかったという思いが語られていく。そんな中で、彼は、なぜ、ぼくは外に出られないのか問いかけてきた。ずっと、病院の中で育ってきた彼の、当然の叫びである。答えに窮した私は、私にはその質問に答える資格はないということと、☆☆さんの書いたことを聞いてほしいということだった。そして、○○君に☆☆さんの文章を読み上げた。
 懸命に耳をすませて聞いていた○○君は、同じ状況にある☆☆さんの言葉だからこそよくわかるということを言った。
 そのことを☆☆さんに伝えると☆☆さんは、今度はパソコンは使わずに、次のようなことを語った。
 願いは願いとしてたとえかなわなくても持ち続けることが大事で、人は、希望や夢を持っていれば幸せに生きることができる、というような言葉だった。決して負け惜しみではなく、人間というものを深くとらえた言葉だと思った。
 ○○君は、さらに、自分たちと同じ状況にある子どもたちと、こうした気持ちを伝え合いたいと語った。
 私が学生のころ、よく、限界状況を生きるという言葉を目にした。自ら全く動くことができず、狭いベッドに限られた世界を生きるというのは、まさに、その限界状況にほかならない。その中で、紡ぎ出される言葉の中に、幸せに生きることができるということが含まれているということの重みに圧倒された時間だった。 
2009年3月18日 08時38分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2009年03月15日(日)
早春の小児科病棟にて
2月の病室での☆☆さんの言葉を紹介したい。昨年の1月に関わり始めて、毎回、じっと手に伝わってくるわずかなものを感じ取って、ようやく1時間半ほどかけて10文字聞き取るのがやっとということを続けてきて、12月には30文字ほど読み取れるという状況だったが、1月から手を手を握って軽く振りながら「あかさたな」と聞いていく方法を始めてから、文字数が飛躍的に伸びた。(ただ、パソコンではないので、横で筆記していただく必要がある。)☆☆さんは、まず、そういう状況について話し始めた。

☆☆をりかいしてくださってありがとうございます 
☆☆はじぶんのきもちをもうにどどわかってもらえるとはおもいませんでした 
なぜしばたせんせいはやめようとはおもわなかったのですか
かんしゃしています じぶんのきもちをいえてかんげきしています きもちがいえるようになったのできもちがらくになりました
げんきなときはよくねがいごとをかあさんにいってきましたが いえなくなってからなにひとつわたしのねがいごとをつたえられなくなってしまって のぞみをもつこともわすれてしまいました びっくりしました よくわたしのてのうごきをよみとることができるなんてしんじられないきもちです すばらしいほうほうですね じかんがかかりましたがわかってくださってありがとうございます

 私は、☆☆さんのこれまでの経緯をほとんどうかがっていない。ただ、枕元には、今よりももっと体を動かすことのできた小さい頃のあどけない写真がある。その頃も、けっして自由自在にコミュニケーションができたわけではないらしいが、おそらく、何かのかたちで、今よりも気持ちを伝えることができていたのだろう。そのような状況をふまえての言葉だ。
 この後、担任の先生も積極的にこの方法に挑戦していて、何かの言葉をやりとりしていたが、それがあっていたかどうかを私が尋ねてみた。

あっていました なんかいもやっているうちにわかるようになるとおもうのでよろしくおねがいします

さらに、前々日に先生が聞き取った同じ病院に入院しているお子さんのことを先生が尋ねた。

おぼえています しんぱいです にかいのきゅうめいせんたーにはいるのはびょうきがおもいとゆうことですから どんなぐあいかしりたかったのです

 ここで、私は、頭の中で詩を書くことがありますかと尋ねた。すると、

あります 

 そこで聞かせてくださいとお願いした。

はい 
きぼうのひかりがさしてふしぎなかぜがふいてきた
ねがいのみをのぞむねがいをゆめみて 
ほんとうのきぼうがかなった
ねがいのいのりがてんにとどいて 
さいこうのねがいのようにひかりました
しずかなしずかなわたしのよろこびがからだじゅうにひろがって
ゆめのようなのぞみがわたしのこころのなかに 
よろこびのときをもたらした
ひかりがさしてわたしのうえにふりそそいで 
なんともいえないよろこびが
わたしをいいせかいにつれだしてくれた 
おしまい

 表現することの喜びがひしひしと伝わってきて、私も、そういうできごとにかかわらせていただいていることを、この上なくありがたいと思った。
 そして、今度は、横で見守っておられるお母さんに何かありませんかと尋ねてみた。

とてもうれしい わたしのことをいつもめんどうみてくれてありがとうございます かんしゃしています
 そして、隣のベッドの○○君を気遣う言葉が続いた。
はやとくんがまっています
 
 その言葉を受けて、隣のベッドに私は移動した。○○君との会話は今手元にないのだが、同じ方法で、やはり飛躍的に文章が長くなっている。その間、先生は、☆☆さんと会話を続けていた。それは、お母さんが昨日びっくりすることがあってしょ、あのことを教えてあげたらという言葉を受けてのことだった。

まねみさ(けす)やざ  ちとしま(けす)もかわたしもめお(けす)りよきは

 まだ、はっきりとしてはいないが、すでに、そこには、確実に彼女の言葉の断片が綴られている。そうこうしているうちに、私は、○○君から☆☆さんのメッセージをもってもう一度ベッドサイドに立った。内容は、さきほどの詩を聞いた○○君がそのことをほめたことだった。すると彼女はこういう答えを返した。

とてもうれしい ○○くんのきもちがつたわってきました くるしいときもあるけどともだちがそばにいるのでさびしくないです これからもよろしくね

 24時間、同じ病室で過ごしているけれども、会話を交わしたのは初めてのことだ。中学2年生と小学2年生だが、1年半同じ病室にいて、2人の気持ちは、すっかり通じ合っていた。
 さらに、さきほど先生と何を書いたのかを聞いてみた。

ちかくよいしらせがわたしにおとずれるとおもいます きっとおかあさんがはやくびょういんをたいいんするといってました わたしのねがいです

 これは、周囲の者にとっては、とても意外な答えだった。退院ということは、お母さんンは一度も口にしていないとのこと。そこで、私が、「ねがいとして頭に浮かべたの?」と聞くと
ねがいをいいました
と答えが返ってきた。そして、さらに文章は、別の内容に移っていった。

しずかにしているとこえがきこえてきます 
ずっとむかしのわたしのゆめがきこえてきます 
いいじだいのわたしのゆめです
しずかにしているときこえてきます かこのきれいなおもいでのおとが
しずかにしているときこえてきます 
ちいさいころのすてきなこえがします
しずかにしているときこえてきます 
じぶんのかなえられなかったゆめのこえがします
しずかにしているときこえてきます じぶんのゆめのこえが 
なにもしらずにいきていたころのねがいのこえがします 
しずかにしているときこえてきます 
ゆめはかなわなかったけれどあたらしいきぼうをしらせるこえがします
やっとあたらしいきぼうのこえがきこえてきました

といつか詩になっていた。そして、その詩を受けてさらに言葉は続く。

しんじてにんたいしていたのですくわれました きぼうがわいてきました 
にんたいしてきたかいがありました 
ずっとまちつづけていました このひがくることを 
きぼうがくるしみにとってかわりました(本人は、「くるしみがきぼうに」と書いてしまい、先生からこれだと反対になってしまうねというと)
かきまちがえました 
にんげんとしてうまれてよかったとおもえるようになりました 
みらいがひらけてきました 
ねがいがむくわれました ねがいがとどきました 
しあわせです わかってくれてありがとうございます 
きょうもとてもよいじかんをすごせてうれしいです 
ありがとうございました またよろしくおねがいします

 2月も下旬の病棟にも少しずつ春の訪れが感じられるようになったが、ともに過ごした時間は、長い冬を耐えた花が、一気に春を謳歌するように咲き誇ったような時間だった。
2009年3月15日 22時31分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2009年01月31日(土)
新年の奇跡 小児科病棟にて
 わずかな手の動きを読み取って2時間近くかけて、ようやく30文字くらい読み取れるようになってきた☆☆さんに、手をとって、軽くふりながら「あかさたな」と聞いていく方法を試してみた。すると、あんなに難航していた読み取りが、とても簡単にできるようになった。以下は、担任の先生が書き取ってくれた文章である。

うれしい ねがっていました かんたん じぶんのきもちをほんとうにつたえることができたらうれしい
(担任の先生とやって)
らく
(再び私と)
しんねんあけましておめでとうございます ことしもよろしくおねがいします
きせきのようです ながねんきもちをつたえたかったです にんたいしてきたけどこれできもちがつたえられます きぼうがでてきました なんねんもけんとうしてきてよかったとおもいます きっとかなうとしんじていました まるでゆめのようです ねがいがかなってしあわせです

(おかあさんと)

(私がひきついで)もよこれがわたしのことばです 
きいてください りかいしてくださってありがとうございます
(私が「ともよ、はともだちのこと?」と聞くと、)
はい
(母さんに伝えたいことは?と聞くと)
いつもわたしののぞんでいることをたいせつにかんがえてくれてかんしゃしています 
ねがっていますわたしのてのあいずがかあさんにもつたわることを きっとできるようになるとしんじています

(最後に)
しばたせんせいありがとうございます ○○くんがまっていますからおわります

 そして、となりのベッドの○○くんのもとへ行く。そして、彼にも同じ方法を試してみる。すると、うまくいくではないか。残念ながら、彼の担任先生が書き取ってくれたものは、病室に残してきてしまった。
 「ちいさないのちだけど、がんばっていることを日本中の人にしってもらいたい」というような言葉も含まれていた。これまでの、口元でスイッチを押していく方法では、なかなか達成できなかったスピードと正確さで、本当にたくさんの文章を綴った。
 そして、一区切りついたところで、☆☆さんのお母さんがから、一つ尋ねてもらいたいことがあると言われた。それは、「急に目が大きくなって心拍が120くらい上がることが時々あるけど、あれは何がおきているの?」という質問だった。

ちからがはいってしまうけどだいじょうぶです すぐらくになります
(担任の先生が「痛いの?」ときくと)
いたくありません
(本当の最後に)
きてくれてありがとうございます またまっています


 彼女は、思わず、「きせき」と書いた。おそらく、私が関わっていて、いちばん手の反応がかすかな☆☆さんに対する成功は、本当に奇跡のようだった。
2009年1月31日 23時27分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2008年12月10日(水)
「にんたい」と「くるしみ」 初冬の病棟にて
 今にも降り出しそうな冬の曇り空の下を、○○君と☆☆さんの待つ病院へ向かった。
 まず、2時から3時まで、☆☆さんと関わる。まだ訪問学級の担任の先生もお母さんも着いておらず、二人だけで始めた。彼女の口元のかすかな返事も、心拍数も頼れない中、ただ、私の左の手のひらの中に包み込むように乗せた彼女の右手のわずかな変化だけが手がかりだった。そして、何とか読み取れたように思えた最初の文字が「に」。そのうちに先生が到着して、「に」でいいか、確認してもらった。何となくいいようだということで、再開。

 にんたいしてま

 ここで眠そうになっているようだと、到着したばかりのお母さんがおっしゃったので、○○君に代わった。
 ○○君は、1年くらい前に比べると、口の動きが悪くなって、読み取りに時間がかかるようになってきた。そんな中で、1時間以上かけて綴った言葉が次のようなものだった。

どうしてくるしみぼくむけてくるの くるしい C

 具体的に具合のよくないことを書くいつもの文章とは違い、気持ちがストレートに表現されたものだった。たいへんな難病との戦いの中で、病状が回復する見込みはこれといってなく、現状を保つことが精一杯という治療を受けている彼が、こういう思いを吐露することは、あまりにも当然とも言える。しかし、誰も、この問いに答えることはできない。しかし、ずっと、そばで見守っていた看護師さんは、彼の体をさすったり、髪をなでたりしていた。それが、看護師さんからの精一杯の答えだったとも言える。
 思いを語らずに秘めているよりも、こうしてはき出すことが、自分自身を対象化して見ることには意味があるには、違いない。しかし、まだ、あどけない小2の少年には、あまりにも厳しすぎる。
 だが、この言葉を書いてから、彼は、突然アルファベットの画面を選んだ。そして、迷いながら、Cを選ぶ。私が、「CDのこと?」と尋ねると、返事がない。そこへ、若い訪問の先生から「DSのことかな?」と尋ねるとそうだとばかりに唇が動いて返事が返ってきた。この重い文章を書いた後、彼は、みずから話題をゲーム機の方に切り替えてきたのだ。重苦しくよどみそうになっていた空気は、彼のおかげで、また、明るくなった。救われたのは、私たちの方だった。
 そして、再び、☆☆さんのベッドに戻る。彼女の書きかけの画面の「にんたい」という言葉も実に重い。そして、また私の手のひらの上に彼女の手のひらを重ねて、彼女の親指にひっかけたスイッチの取っ手を動かしながら、読み取りを始めた。
 今度は、わずかな動きながら、比較的スムーズに読み取られていった。そして、できあがった文章は、次の通りである。

にんたいしてまえからにんたいをわかってくれることをまっていました

 中2の少女と小2の少年の病床での戦い。私にできることは、ただただ、わかってあげることのみだ。
 病院を出ると、すっかり真っ暗になった空から、冷たい雨が降っていた。
 
2008年12月10日 01時12分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2008年11月04日(火)
晩秋を迎えた病室にて
 手のひらの下に添えた手に伝わってくる力と口元の合図と心拍数とを手がかりにすすむ☆☆さんとの関わり合いだが、今回は、いつも使う右手に点滴の針が刺さっている。4日前にあった一年に一度の医師を同伴したスクーリングの後にちょっと熱が出てしまったかららしい。病棟を出た☆☆さんに、深まった秋の風はどんなふうに感じられただろうか。
 右手が使えないので、初めて左手で挑戦してみることにした。そして、1時間をかけて綴られた言葉は、

せわばかりかけ わるい

だった。ずっと言葉を表現できた喜びなど、自分のことを綴ってきた☆☆さんだったが、今回は、お母さんに向けられた言葉だった。
 綴り終わると、「そんなことないよ」とほおを両手ではさむようにして、お母さんはほほえみかけた。
 お母さんは、最近、長編の小説を読んであげているとのこと。枕元には、『千と千尋の神隠し』のもとになった『霧のむこうのふしぎな街』という本がおいてあった。
 ☆☆さんと関わり初めたのが今年の1月。もうじき1年を迎える。言葉の世界の存在が少しずつ明らかになることで、生まれた彼女の世界の変化と言えるだろう。お母さんの声を通して語りかけられる物語は、どんなイメージの世界を彼女の中に作り上げているのだろうか。

 となりののベッドの○○君は、今日は、「ぷれすて」という言葉を書くのに手こずった。
 最初「あじすきをほしい」と綴ったように見えたのだが、最初、まだ、スイッチを押す口の動きが安定していなくて、あくびや唾液を飲む動作などが、まだ、いろいろと混ざってうまく読み取れない中で選ばれたものだった。そこで、もう一度、なにをほしいのか、書いてみてというと、「ぷう」と書いてサ行で困っていた。そこで、「プーさん」のことかと聞くと、口元の動きは違うと返してくる。そこであらためて書き直してもらうと「ぷれ」と書いて、今度はア行を選択して困っていたので、もう一度ア行から戻ってやってもらうと「ぷれすて」と書くことができた。主治医の先生が途中で見えて、そう言えば昨日か一昨日、お母さんとプレイステーションの話、してたねとおっしゃる。
 それでは、「ぷれすてをほしい」でいいのと尋ねると、返事がさっとは返ってこない。いろいろ聞いていると、どうやら、プレステのことについていろいろ教えて欲しいということだったようである。
 私はプレステは、触ったことがないが、横におられた訪問学級の担任の男の先生は、詳しいとのこと。授業中プレステの話は…とおっしゃりながらも、きっと次の授業は、プレステの話に花が咲くにちがいない。

 中学2年生の☆☆さんと小学生2年生の○○君。それぞれの、それぞれらしい言葉を聞けてほっとして窓の外を見ると、外はもうすっかり真っ暗になっていた。
 今度おじゃまするのは12月。もう季節は冬になっている。
2008年11月4日 23時37分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2008年09月17日(水)
秋の初めの小児科病棟にて
 ○○君と☆☆さんが待つ小児科病棟を訪問した。
 ☆☆さんは、上を向いて開いた私の手のひらの上に☆☆さんの手のひらを重ねるようにして、その親指に軽くひっかけたスイッチを動かしながら、選択の場所に来たら、☆☆さんの親指と手の甲にわずかにこもる力を、私が手のひらで感じ取ることによって選択を読み取っているが、いつものお母さんによる口の読み取りや訪問学級の先生による心拍数の読み取りは、より補助的なものにして、できるだけ手で読み取ろうとした。間に◇◇君との学習をはさむが、2時間近い時間をかけて、つぎのような文ができた。

すばらしいゆめをみてるような
きもちをじでいえました

 続けて一文として読むのか、このように区切りを入れるのかはわからないが、とりあえず、このように表現した。前半が「じ」までで、後半がそれ以降である。
 訪問の先生は、前回の文章とつながっているのではとおっしゃった。前回は、「せかく(せっかく)うまれてきたすきなゆめかのうに」だったから、気持ちを字で言うことが夢だったかもしれない。
 手のひらにじわっと暖かいような感じがわくというふうに表現した方がいいくらいの感覚を拾うのだが、確実に、選択していない時としている時との対比ははっきりしてきた。関わりのたびに☆☆さんの文章のストックが一文ずつ増えていく中で、少しずつ、☆☆さんらしさが、かたちを取り始めている。

 ○○君は、ここのところ、少し口の動きが悪かったので、読み取りがむずかしかった。今回も、薬の関係で、動きは少し悪いかもしれないとのお話を主治医の先生から事前にうかがっていた。
 呼吸に関わる処置を頻繁にはさみながらなので、スムーズに進んだわけではないが、いったんリズムにのると、久しぶりに、明確な選択の意志が伝わってきた。
 そして、できた文章。

 よどおしねられなくて はゃぬてえ よわくして  むり

 「はゃぬてえ」という不思議な文字が挟まった文だ。彼は、医療機器や薬の名などを書く時、なかなかうまく書けないことが多い。それは複雑なカタカナの言葉だから当然なのだが、それでも何とか、文字を選んでくる。今回も、何か、そういう言葉を言いたいのだろうということははっきりしていたが、もちろん何のことか私にはわからない。
 「むり」については、「むり?」というニュアンスなのかと尋ねると、「そうだ」という合図の口を動かした。
 彼は、いのちと向き合ってこの病棟で生きている。一つ一つの医療的な処置は、そういう意味合いを持ったものだ。そういうことをわかった上で「むり?」と聞いているにちがいない。
 程なくして、主治医の先生が現れた。文章を報告すると、さっそく、いろいろと彼に問いかけを始められた。やはり、呼吸にまつわる処置のことらしい。そして、先生の問いかけは、さらに、細かな調整の問題へと移っていく。私には、とてもわからない細かな調整だが、彼は、懸命にそれに答えようとする。前にも書いたが、このやりとりは、彼を大人の患者さんのようにきちんと向かい合うやりとりで、主治医の先生の彼への思いがどれだけ深いものであるかを語っている。
 私のつたない聞き取りが、彼の生活に直結していくことに、ある厳粛な思いを感じずにはいられない。
   

2008年9月17日 00時23分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2008年08月28日(木)
「せかくうまれてきた」「せんひさ」夏の終わりの病室から
 ☆☆さんと○○さんが暮らす病室をひと月半ぶりに訪れた。
 最初に関わったのは☆☆さん。だいぶ文字を綴れるようになってきて、今日は何を綴るのだろうという期待と、今回もきちんと彼女の気持ちを読み取れるのだろうかという不安とが交錯する。
 試行錯誤の末、たどり着いた方法は、次のようなものだ。まず、彼女の右手の甲を下から包み込むように支えて、親指にスイッチの棒状の取っ手を軽く引っかける。そして、最小限の力で棒を上下にスライドさせて行や文字を送っていき、彼女の選択の意志を手の甲に加わる微妙な力の変化で読み取る。この力の変化とは、まったく体が動かない☆☆さんが、腕全体で言えば開く方向に、手で言えば握った手を開く方向に力を入れようとして生まれる変化のように思われる。実際には、指がかすかに動いたような気がしたり、私と☆☆さんの手の触れる面にもわもわっとした感覚が生まれるというもの。わかりやすいときには確実に感じ取れるが、非常に微妙なものだ。私の手の添え方しだいでも変わる。
 一方、軽いけいれんのようにたえず動いている口元の返事をお母さんが読み取る。相変わらず私は読み取れないが、お母さんと先生は、普段はこれでたくさんコミュニケーションをしておられる。ただ、今回、口元の動きはむしろ減ったように見え、その理由が手に集中していることのように思われたのである。
 また、心拍数も重要な手がかりで、特に行の選択の方では、手で読み取った動きと心拍数の低下は一致することが多い。
 まず、二文字の名前を練習でうつ。この時は、まったく読み取れない。私自身の感覚が手のひらに集中できておらず、また手の支え方も安定していないからだが、この操作の間に、徐々に整えていく。
 最初のふた文字は「せか」。比較的スムーズに選ばれた。ところが3文字目で難航する。「せか」が正しければ、「せかい」「せかす」「せかされる」というような単語が推測される。推測は当然あくまで彼女をの意志を追い越してはいけないが、推測しておくと、その行を彼女が選択するかどうかにより集中できるため、読み取りの精度はあがる(ここが非常に誤解を生みやすいところだが)。そして、いったんア行が選択されたかのように見えた。ここが、注意のしどころで、私たちの「せかい」の推測はここでより強まる。しかし、ここで先を急ぐことがもっとも危険なところである。実際、ア行でいいのかと聞いても、口元のサインは、明確な答えを返してこない。この時、お母さんが、☆☆さんの目が泳ぐような動きをして、困っているようだとおっしゃった。いったい何を意味するのか。そこで、大胆な一つの仮説を立てた。彼女の選択の意思表示の力は、明確な一行を示すよりも、その前の一行目から加えられることも多い。ア行が選択されるように見えたのは、カ行の選択の場合だってある。そして、私は、「せっかく」と書きたいのではないかと考えたのだ。そのことは伝えず、もし、「せ」と「か」の間に小さい「つ」を入れたかったのだったら、あとでわかるのでそのまま書いてほしいと伝えた。すると、今度は、カ行ではっきりとした手の動きがあり、さらに「く」が選ばれた。私はひそかにやっぱりそうかと思ったが、あえて口にせずに関わりを続けた。
 そういうふうにしてできた今回の文章は次の通りだ。煩雑になるので省略するが、こうしたぎりぎりのやりとりの結果生まれたものである。

☆☆せかくうまれてきた すきなゆめ かのうに

 誰もが一度しかない人生を生きている。常識的な意味では彼女の夢をかなえることなどどうすれば可能なのかと頭を抱え込んでしまうところだ。しかし。彼女は語る。「ゆめ かのうに」と。限られた病室の空間の中で、どのような夢が思い描かれているのか。
 隣のベッドの○○君は、今日は、表情はそんなに悪くもないのだが、口の動きがとても悪い。動き始めた首も、呼吸に同調した動きで、選びたい行が来ても、なかなか動きを止めたり、動きを変化させたりすることができない。そんな中で、かろうじて唇の動きを入れて、選択を伝えてきた。しかし、綴られた文字は、4文字。「せんひさ」。これは、たぶん、「せんせいひさしぶり」を略したものと思われる。
 先生とは私のことではたぶんない。訪問のやさしくて若い男の先生だ。学期中は週3度ある授業が、8月は夏休み。久しぶりに訪れた先生へのメッセージだろう。たった4文字を伝えるだけでも、2度眠くなってしまって、なかなかうまく書けなかったが、彼が時々見せる不安な表情や訴えるようなまなざしは見られない。先生の訪問で9月からまた授業が始まることが実感されて、穏やかな気持ちになったのかもしれない。
 なお、☆☆さんの文章は、最初に伝えた。このことについての○○君の感想は聞けなかったが、隣のベッドの様子をずっとうかがっていた○○君。☆☆さんの文章をしっかりと聞いていた。
 たぶん、この言葉にこめられた思いを本当に理解できるのは、誰よりもまず○○君であるはずだからだ。
 猛暑が一転して早々と涼しい風が吹き始めたが、病室にはそうした季節の移ろいは、気温に関する限り伝わってはこない。しかし、秋は、先生達の訪問とともに始まる。今日の訪問は、夏の終わりを告げる訪問になったことだろう。
 ☆☆さんのゆめについて、秋、また、○○君もまじえて語り合えればと思う。
2008年8月28日 09時58分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2008年07月02日(水)
小児科病棟にてその3
 ベッドに横になっている中学生の○○さんの手を、包みこむようにして下から支える。そして、私自身が手を動かしてスイッチを押しては離すということを繰り返す。そのスイッチの先にあるパソコンには2スイッチワープロが起動されているわけだが、彼女が選びたい行がくると、じわっと手に力がこもり口元にかすかな合図が浮かぶ。そして、その時、彼女の健康管理のために常時つけられている心拍計の値がさがることを確認する。この微細なプロセスを私が手、お母さんが口元、担任の先生が心拍数というように、3人がかりで繰り返しながら、珠玉の文が綴られた。
 ふしぎだ
 ひがさっとまどからさすみたい
 すくっていただいた
 「日がさっと窓から射すみたい」という詩的な表現は、ぎりぎりの限られた文字数の中で表しうることを凝縮した、輝くような言葉だ。一文字ずつ、息をのむような中で文字が選ばれる中で、この文が生まれてくる緊張の時を、どのように伝えたらよいのかわからない。
 「すくっていただいた」という言葉には、ただただ襟を正すしかない。それが私に向けられたものであるとするならば、私はそのような言葉に値する人間ではないということははっきりしたことだ。しかし、表現できるあふれんばかりの喜びをこう言葉に表すことで、彼女は、一人の凛とした人格をもつ人間としてとして、私たちの前に、堂々と存在している。
 担任の先生は、こう綴り終えた彼女の頬を両手ではさみ、何度も何度もすごいすごいとほめておられた。そのことがまた、私には新たな感動を呼んだ。
 隣のベッドの小2の▽▽君は、今日は、呼吸器の周りの処置に関する意見を述べた。「こそおそつけすぎないでくびみずがつめた」という言葉だったが、これをその場で読んだ主治医の先生は、さっそく、彼に様々なことをおたずねになった。そして、「こそおそ」はコットンのことがうまく書けなかったらしいこと、呼吸器を装着する際の布のベルトのしめ方をどうにかしてほしいことなど、的確に聞き出されていた。生まれた時から彼を大切に守ってきた先生は、こうした彼の言葉を、けっして軽く扱うことはない。まるで、成人の患者からの言葉のように、正面から受け止め、はっきりしないところは、何度も問いただして、彼にとって、楽な方法を探し続けていらっしゃる。彼もまた、先生との長い信頼関係を背景に、自分の言いたいことを口を動かす合図だけで、懸命に伝えていく。今回は、こうしたやりとりに終始した。
 ところで、中学生の○○さんと小学2年生の▽▽君は、ともに、ベッドを離れることがむずかしいので、わずか1メートルあまりの距離にいながら、手を触れあうこともない。しかし、同室になってもうじき1年になり、24時間同じ部屋で過ごしている二人には独特の絆が生まれつつあるような気がする。
 関わり合いは、まず、○○さんがやって、一休みし、▽▽君がやって、もう一度、○○さんがやるというような順番になっているのだが、お互い、どんな文章を綴っているのかということに、聞き耳を立てている様子がよく伝わってくる。○○さんの詩的なすばらしい言葉を▽▽君に伝えると、耳を澄まして一生懸命に聞いていた。○○さんの心の声は、▽▽君のしっかりと届いたにちがいない。文字を綴ることから言えば、▽▽君の方が先輩。○○さんの言葉がようやく文章になり始めたことを、心から喜んでくれているはずだ。
 
2008年7月2日 06時23分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2008年06月07日(土)
小児科病棟にてその2
 「ちやんす」。今日、最初に☆☆さんが綴った言葉だ。手にほんのわずかにこもる力と、口元の動きと、それに心拍数とをあわせて、1文字ずつ読み取った言葉である。回を重ねて、手の動きを読み取る方法が少しずつ固まりつつあるが、手にこもるかすかな動きを読み取ることによって開かれる通路は私が緊張の糸をゆるめたとたんに閉ざされてしまう。まるで、きれやすい細い糸を互いに引き合っているようなもので、力が弱ければ糸はたるみ、強すぎれば糸は切れる。ちょうどよい具合に糸が張っていなければそこに通路は開けない。
 大それたことをしていると感じないわけではない。ただただ経験によってのみたどり着いてきた現在の地点。彼女の内面に豊かな言語の世界の風景が開けていることを客観的に示すものは何もなく、ただただその存在を信じるのみ。そして、それを支えているのはこれまで出会ってきた多くの障害の重い方々との関わり合いの事実しかない。
 しかし、確実にかすかな対話を通して関わり合いの時間は滞ることなく濃密に流れていく。そのことがある限り私は彼女の手から私の手を放してはいけない。私があきらめてしまえば、もはやこのような無謀な取り組みをする者はいないだろうから。
 「ちやんすしたみみもやすい」最終的に綴られた言葉だ。チャンスをものにしたということだろうか。そして耳によって文字を選んでいることがなんとかやりやすくなったというふうにつながるのだろうか。限られた文字数しか選べない中、最小限での表現を追求しているのかもしれない。
 別れ際、また今度がんばりましょうという私の声に、ことのほか大きく口元の動きがあった。力強い約束のサインだった。
 隣のベッドの○○君は、ひさしぶりにスイッチ操作をするあごの動きが軽快だった。時々、かすかな声を出して合図を送っているように見えた場面もあった。ここのところ、首の具合が思わしくないことが続き、なかなかスピードが出なかったのだが、今日は比較的すらすらと文章が書かれた。「けりいのものがたりたくさんほしい たんていとき かんがえ わるものをつかまえる」枕元には名探偵コナンのDVD。きっと、このことについてにちがいない。しかし「けりい」とは何だろう。彼のパソコンの様子を時折見にこられるお医者さんも看護師さんも、「けりい」には首をかしげられる。そのうちに一人の看護師さんが、にた名前の登場人物がいることに気づいた。そして、こっそり周りの大人に耳打ちした。彼はそれを聞いていたのか、それともしっかり思い出したのか、「しぇりー」と綴った。彼が知りたかシェリーの物語とはいったいどんな内容なのだろうか。
 小学校2年の○○君の心の中の風景に、今、探偵物語のわくわくする世界がくわわりどんどんとふくらみ始めているようだ。
2008年6月7日 00時31分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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2008年05月20日(火)
小児科病棟にて
東京の郊外の病院の小児科のICUに生まれてからずっと入院している小2の男の子がいる。骨の形成に関する病気で、自由に動かせるのはあごや口に限られている。3歳4か月の時に出会い、訪問を続けてきた。2スイッチワープロを使っているが、1個のスイッチしか使えないので、あごで送るほうのスイッチを操作してもらう。彼が送るのをやめたらそれが決定だ。ワープロで初めて文を綴ったのが3歳8か月。「じうれしい」だった。常識外れの関わりかもしれないが、彼には少しでも早く表現方法を伝えたかった。
 その彼も今年は2年生。訪問教育を受けるようになってから、ぐっと世界が広がった。とても優しい男の先生が彼にいろいろなことを教えてくれている。
 今日の彼の文章は「ふつか ひさしぶり もおやめるのかと」というもの。私たちには、何のことを言っているのか、さっぱりわからなかったが、看護師さんが、あら、「私、今日、二日ぶりね」とおっしゃったことから意味がすっと判明した。彼は、その看護師さんが小さいときから大のお気に入り。ところが、最近なかなか部屋の担当にまわってこない。今日は、ようやく彼女が担当にまわってきたとのこと。二日前は、担当ではなかったけれど顔を合わせたらしい。彼にとっては、大好きな看護師さんとの別れはとてもつらい。だから、とても心配だったのだ。
 いつもより文字数が少なかったのは、あごの動きがむずかしかったからなのか、それとも、不安な気持ちが文字を選ぶ速度を落とさせたのか。いずれにしても、さっそく看護師さんから「私、どこにも行かないよ。」と言葉をかけられ、彼は、ほっと安心することができた。

 その隣のベッドには、中2の女の子がいる。口元の動きでかすかなYesを読み取ってコミュニケーションが成り立っている方だ。ぴくっぴくっと動く口の不随意運動があるので、なれた方でないと読み取れない。私は、まだ、読み取れないでいる。
 その彼女とパソコンにチャレンジを始めて今日で5回目になる。
 スイッチ操作の可能な自発的な運動は、残念ながらどこにも見つかっていない。そこで、彼女の右手に軽くスライドスイッチの取っ手を引っかけるように握らせて、その右手をつつみこむようにして下から支え、一緒にスイッチを入れていくと、選択したいところで私の手をほんのわずか押すような動きが起こってくる。それを感じ取って文字を拾っていく。平行して、お母さんは、彼女の口元の合図を読み取り、訪問の先生は、ベッドサイドの機械の心拍の数値の変化を見ている。私とお母さんと先生の判断が一致すると、それが選択と言うことになる。まだ、正確な読み取りは完全にはできないのだが、「きてくれて」「うれしい」というような単語がつづられた。私が関わっている方々の中で、もっとも小さな動きを読み取っている方になる。
 必死で動かない手に力をこめてくるその思いの強さは、崇高さを感じさせるものだ。

 帰り道、集中の連続でやや放心状態になりながらも、気分は、さわやかだった、ちょうど、嵐のあとの今日の風のように。
2008年5月20日 20時33分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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