例年なら、梅雨入りを気にする時期だが、今年は季節の歩みが遅い。この日は、気温は高かったものの、さわやかな一日だった。二十歳を過ぎた○○さんは、そんな夏の風に誘われるように、次のような文と詩を綴った。
夏らしい天気になってよかったです。
忘れられない思い出がおかあさんとたくさんあります。私はどこにいくのもおかあさんといっしょですからいっぱい思い出があります。まるで魔法のようです。忘れられない夏の思い出は昔のお別れの場所に行ったときのことです。よそになくなった人が出ると私たちの言葉をその人に伝えるために音なの人に頼むというところです。人間には悲しい別れがあるのでみんなその悲しみを癒すために集まるのです。そんな思い出があります。いい思いでです。また行きたいです。私はなくなった仲間に会いたいのでその場所が大好きです。私たちの仲間は早くなくなる人が悲しいことに多いので私はいやですが、なんともしようがありません。若いのになぜなくなってしまうのでしょうか。私はそのことをいつも考えては涙を流しています。なぜなのか本当に知りたいです。夏になるとそのことがとくに思い出されます。夏はとても悲しい季節です。夏は心が痛む季節です。みんないい夏を迎えてほしいです。
はい。詩は好きです。
いい言葉
早く逝ってしまった友よ
なぜあなたは逝ってしまったの
仲間はみんな元気で
今年も夏の香りを感じているよ
小さいときから話もできず
そのまま亡くなってしまった友よ
私は今いい言葉を伝えるために
お別れのことを思い出しろ呼んでみる
大好きだったよ あなたのことが
なぜあなたはいってしまったの
私は今こうして私のいい言葉を
あなたにつたえるために
私は私のいい言葉をつむぐ
夢はなかなかかなわないけど
夢をけっして忘れずに
私は私の私らしさを大切に
いつもあなたを思いながら
これからもいい言葉をたいせつに生きてゆく
おわり
夏という季節が心痛む季節であるという言葉を聞いたのは初めてのことだ。北風にしてもそうだが、季節というものが私たちの知らない彩りとしえとらえられているということに、あらためて脅かされる。
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2010年6月6日 10時17分
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小学1年生の○○君とパソコンで話をした。ある程度手を使える彼とは、就学前から大学院生の◇◇さんがいろいろな学習を積み重ねてきた。その学習は様々なスイッチから始まって、ボールを缶に入れる学習、形のはめ板の学習、そして、カードの見本合わせなどである。スイッチについては、様々な運度方向の学習が進んで、姿勢のコントロールも運動のコントロールも上手になった。しかし、ボールを意図的に話す、○や△や□の板をその同じ形の穴に入れるという学習では、その強い意図に対して、空中での上手な手のコントロールが必要なため、誰が見てもできているというふうには見えにくかった。しかし、それは単に、力のコントロールだけの問題なので、十分に理解した上で運動をしてということは、私たちにはよく伝わってきた。そこで、見本あわせの学習へ、どんどん進めて行った。方法は、ある見本を提示したあと、二つの選択肢を左右に提示して、いずれかを選択してもらうものだった。ここでも、○○君の理解に反して、手は不随意的に動いて、選びたい選択肢の反対に手が動いてしまうことも少なくない。また、目もしっかりと選びたい選択肢をとらえることが少なく、○○君の理解を客観的に証明するにはむずかしさが生じてしまう。しかし、もちろん、そういう○○君の運動に関するハンディを考慮するならば、私たちには○○君が理解していることは、疑いようのないことだった。そして、選択の内容をどんどん進めていって、ひらがなの学習へと進めていった。
こうした学習を十分に重ねた上で、いわば満を持して、学校にあがったことをきっかけに、手を振る方法やパソコンで気持ちを聞く関わりを学習の中に含めていくことにした。
いいすいっちです ふしぎです せんせいはどうしてききとることができるのですか
パソコンで綴りながら、彼は、不明瞭ながら発声をしている。それは紛れもなく言葉であり、その言葉のいくつかをあてたので、彼は上のように書いた。
ここで、学習を進めてきた意味を彼と語り合おうと思って、いくつか質問をした。
(自分で思った通りに手が出せず、わかっているのにわかっていないと言われて困ることがあるよね。)
こまります。
(選ぶ学習をがんばって少しでもうまく選べると、大人はけっこう理解してくれるので、この学習を通して自分の体のことをよく自分で理解してね。ところで、ひらがなはもう全部完全に覚えましたか?)
はい わかるようになりました
(それはいつごろですか?)
だいぶまえです
(今、「まえ」って口でも言ったよね?)
はい
(せっかく声で言ってもうまく言えなくてつらいね。)
つらい ちいさいときからはなしたかったからうれしいです
(ところで、ひらがなが全部わかったと自分で思えたのはどういう時でしたか?)
にたもじのくべつができたときです
(ひらがなは、□□先生といっぱいやってできるようになったのですか?)
いっぱいやってできるようになりました
(パソコンの文字は見えますか?)
むずかしい ちいさくて
(ぼくはめがねをかけているけど、めがねをはずすと小さい字はぼやけて見えなくなるんだけど、そういう意味で小さい字が見えないのかな? それとも、小さい字がいっぱいならんでいて字をじっと見続けるのが大変なのかな?)
つずけてみるのがたいへん そういうことかとはじめてわかりました
みえていますがなかなかめがとめられません
(絵や一つの文字だったらはだいじょうぶなのかな?)
はい
(単語みたいに文字がならなんだらどうだろう?)
たんごのときはこまります
そして、これまでの思いが綴られた。
めのまえでちいさいときからいいたいとおもってきたけどちっともきいてもらえないのでさびしい
その後、さらにつらかった思いが語られた後、いっしょにペンをもって文字を書く方法をお父さんに伝えた。手を振る方法やパソコンよりも家で練習がしやすいことと、最終的には非常に速いコミュニケーション手段になりうるからだ。実際にいくつかの文字を書いてみると、うまくいった。
それから、何か物語とか詩などを作っていないかを尋ねた。すると、すんなりと次の詩が書かれた。
きれいないろのかぜにのり
ねがいをそらにとどけたい
みんなとゆうきをだしあって
とおいせかいにとびたとう
きっとみんなでうつくしい
ねがいがきれいなゆうやけを
にしのそらいっぱいにいろどるだろう
みんなもきっとこころのなかが
ゆうやけいろにそまるだろう
文字の数がそろっているので、歌か詩かについて、手をそえてペンをもつ方法で尋ねると、「うた」と紙に文字が書かれた。
さっそく、手を振る方法でメロディを聴き取る。その最中、これでいいかと確かめる時○○君は鮮やかに首を振ったりうなずいたりして答えを返してきた。これも新しい発見だった。
ちょうど、窓から夕日がさしこむ時間だった。手を振る方法で尋ねると、「夕焼けの時間に歌をうたってもらってうれしい」と返ってきた。
満面の笑みを浮かべる彼に、家内が手を添える筆談を試みると、次のような彼の言葉が綴られた。
まま のびのびしよう
ぱぱ からだをだいじに
新しい可能性の予感に包まれながら、美しい夕焼けの中をパパと彼は、ママと妹の待つ家に帰っていった。
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2009年11月8日 10時57分
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高校1年の少年が、詩を書いた。これは、私が手をとって「あかさたな」と聞きながら書き取ったものだ。以前、まとまった詩を書いたことがある少年だが(2009年2月7日のブログ)、今回は、言葉を連想ゲームのように広げながら、即興的に書いたものだ。
希望の私
夢見ているのは希望の私
夢見ているのは希望の望み
夢見ているのは希望の未来
夢見ているのは私の勇気
私の希望は勇気を求め
私の希望はランプの光
楽しい夢は昨日の希望
楽しい夢は私のいのち
私のいのちは勇気を呼んで
私の希望は昨日の勇気
私の希望はよく忘れ
私の希望は私の苦難
私の希望は私の過去の夢
私の希望は私の未来の夢
よく生きてよく苦難を乗り越えて
私は今日まで生きてきた
私の今日までの苦しみは
私の私らしさのあかし
勇気を出して明日の私に夢を託そう
遠い道かもしれないが
勇気を持って歩きだそう
勇気を持って夢を育てよう
私の私らしさを訓練して
私のあしたを作りだそう
夢をたくさん失わないように
私はあしたに向かって夢を紡ぐ
私の未来の夢のために
私は希望を夢見ながら
夢の未来を予感する
私の夢の希望のために
小さい私を未来に託す
私を希望の未来にワンダーさせる
スイッチではどうしても取っ手をつかもうとして体に力が入ってくる。幸い、手をふる方法では、力はどんどん抜けていき、まるで、眠ってしまうかのようにして、あるいは、夢を見ているかのようにして、この詩は書かれていった。
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2009年7月18日 10時01分
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これまで、2人でいつもパソコンで会話をしてきた男子中学生○○君と女子高生☆☆さんがいる。しばらく、2人の会話に立ち入ることはできなかった。ところが、速度の速い方法を2人に示してから、2人は一気に、深い内容の文章を綴るようになった。
前回、女子高生が休んだ時、○○君は白い馬の詩を書いた。今回その詩を☆☆さんに聞かせた。すると、次のような感想が返ってきた。
いいしですねかんどうしました
ひいでたしだとおもいました
ねがいのつよさがつたわってきました
はっとさせられるようなないようでした。
ちいさいときからいろいろくろうしてきたことがつたわってきました
きもちがじっとしているととぎすまされていくのですね
ちいさいときからことばをかんがえていきてきたとおもうのでできるのだとおもいます
わたしもおなじです
ちいさいときからしをかんがえてきました
いいきもちになるからです
きいてくれますか
☆☆さんも、また、詩を作ってきたという。そして、次の詩が書かれた。
しろいしろいゆきはどうしてきたのくにからやってくるのだろう
しろいしろいゆきはどうしてかなしいのだろう
かなしみはどうしてうつくしいのだろう
かなしみはしろいゆきにどうしてにあうのだろう
ちいさいわたしはどうしてかなしいのだろう
ちいさいわたしはどうしてなみだをながすのだろう
ちいさいわたしはしろいゆきがだいすきだ
ばかにされたりどうじょうされたりしながらわたしはいきてきた
きもちをいえずにちいさいときからわたしはいきてきた
ちいさいわたしはいつもしろいゆきをまちこがれている
しろいゆきをゆめみている
きたかぜとしろいゆきはちいさいわたしにむかってふいてくる
しろいゆきをふきあつめてわたしにむかってふくきたかぜは
だからきぼうのかぜだ
ねがいをきいてねがいをかなえてくれるきぼうのかぜだ
いいきたかぜをかんじながらいいわたしはきぼうにむねをときめかせている。
これまで、ずっとパソコンでいろいろと語ってきた☆☆さんが、自分から詩について語らなかった理由を尋ねると、次のような答えだった。
ひとにきかせるものではないとおもってきたからです
きいてもらえてうれしいです
また、多くの人が北風と希望を結びつけた詩を書いていることを説明すると、次のような意見を聞かせてくれた。
ちいさいときからきたかぜがだいすきでした
いいわたしにしてくれるようなきがするからです
にんげんはきたかぜをきらいますがほんとうのかなしみをしっているひとにとってきたかぜはきぼうのかぜなのです
ちいさいころからしをつくってきたのでいつもきいてもらいたいとおもってきました
本当の悲しみを知っているというような言葉は、お母さんにつらく響くことがあるから、お母さんに一言、書いてほしいとお願いした。
おかあさんはいつもわたしのことをりかいしてくれました
しはわたしのくろうしてきたきもちをかいただけです
わたしをいつもだいじにしてくれてかんしゃしていますからあんしんしてください
きいていただいてありがとうございます
長文を書いた後、手を振って気持ちを聞き取るやり方をお母さんに紹介した。パソコンの援助もご自分でやれるようになったお母さんだが、この方法も、比較的簡単にやれるようになった。社会に出るのを間近に控えた☆☆さんの世界が、もっともっと広がればと思う。
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2009年3月9日 23時31分
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二人の中学生が、それぞれ、詩を書いた。多くの人たちと同じように、彼らもまた、北という方向と風とに特別の思いを抱いていた。
しろいかぜがふいてねむりについたぼくは
のはらをはしるしろいうまになり
ちいさいすーねをきぼうのかぜにのせてあげようと
きたにむかってとぶようにかけていった
しろいかぜはいいうまにしてくれるかぜ
めをとじるときたのしろいだいちがみえる
ちいさいときからはなすことができなかったぼくの
かなしみがそこにはねむっている
しろいかぜはそんなぼくのねがいをしっていて
ねがいをかなえるためにふいてくる
ちいさいねがいだけどたいせつなぼくのきもちだ
しろいかぜよ
くるしみをつよいみらいへのきぼうにかえて
ゆめをいっぱいください
ぼくのしろいたてがみをせいいっぱいゆらし
せいいっぱいかけていけるようみまもってほしい
「ちいさいときからはなすことができなかたぼくのかなしみがそこにはねむっている」という言葉が、ずっしりと響いた。中3の彼は、これまで、自分で何とか書こうという強い自立の意志を持っていたので、たくさん書ける今の方法は、試してみてこなかった。今回が初めての挑戦になる。これまで、どちらかというと、いたずらっ子風の言葉使いがめだっていたが、今回は、一気に、まじめな顔を見せた。そして、途中、うなるような声を出していたので、手をつないでふる方法で、その声にはどんな感情がこもっているのかを尋ねると、「うれしい」という返事だった。
二人目は、中2の少年だ。
きたかぜにきいてみよう
ずっとまえからみみをすませてきいていました
しろいゆきはひとのこころをうつくしくして
きたのくにへとかえっていきます
きたかぜはしずかにしずかにふいてきます
きたかぜはしろいゆきをしたがえて
みらいのゆめをぼくにくれます
ちいさいぼくはきぼうをゆめみながら
ちいさいころのねがいを
ちいさいみらいにずっとまえからゆめみていました
きぼうのきたかぜはちいさいぼくにりそうをくれて
きぼうをくれました
きたかぜはしろいゆきといっしょに
きたのくにからふいてきて
にんげんにきぼうをあたえます
きぼうのきたかぜがふいて
きぼうがだいちにみちあふれます
ちいさいぼくはねがいをもちながら
きょうもみみをすませている
そして、詩を作ることについての彼のコメントは以下のようなもの。
かんがえているときもちがおちつきます
きいてくださってありがとうございます
うれしいですいいきもちです
彼とも、手を握ってふる方法も試してみた。おかあさんも、これならやれそうとおっしゃる。これからの広がりが楽しみだ。
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2009年2月7日 22時02分
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同世代の友の死に際して、二十歳すぎの○○君が綴った。土曜日の埼玉の自主グループでのできごとだ。原文はひらがなだが、適当に漢字をまじえて紹介したい。
くやしいことがありました
友だちが死にました
はやく手をうっていれば間に合ったかもしれない
それが残念です
これまでずっと一緒だったからとても残念です
歳も一緒だからとても悲しいです
なぜ遠くに行ってしまった
おこっても帰ってこないけどせっかく友だちだったのだから遠くからいつも見守ってほしい ずっとずっといつまでも
願いはずっといつまでも子どもの心をなくさないでずっと願いを持ち続けてゆくことです
そうすれば亡くなったたいへんな悲しみはしずまってゆくだろう
こみあげてくる悲しみに精一杯こたえることができたらいいと思う
こみあげてくる悲しみを精一杯しずめて希望に変えていきたいと思う
この悲しみが希望に変わればいいなと考えているけどそれがそばですごしてきたものの使命だと思う
悲しみの中から希望というものが生まれてきたらきっと泣きやむことができるだろう
この文章は涙の中で苦労してきた友だちのおかあさんに見てもらいたくて書いたものです
けっしてうその気持ちではありません
心からの思いです
悲しみを鎮めて希望に変えていこうと、懸命にもがいている○○君の叫びが聞こえてくるようだった。実際、文書を綴りながら、○○君は、何度も身もだえをするように、全身に力を入れていた。
死はいつも残酷にやってくる。しかし、みんな生きようとし続けていた。当事者だからこそ、その無念の思いが誰よりもわかるにちがいない。
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2008年11月2日 00時37分
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土曜日、新しい中学生の少年と出会った。これまで、お母さんがコミュニケーションの様々な工夫をして、カードの選択などによって、意思表示ができるようになってきたとのことだった。
表情や視線から、いきなり2スイッチワープロに挑戦したが、難なく使い方をマスターして、綴り始めた。まずは、名前と「おかあさん」から。
○○○(名前)おかあさん
これまで、いろいろな試みをしてきたお母さんだからこそなのだが、選択課題などの実感では、ひらがなはまだむずかしいのではないかと感じておられたお母さんは、「まだ、文字はこれからゆっくりなんですけど」とおっしゃったので、本人に聞いてみた。その答えは、次のようなもの。
しっていますちいさいときにおかあさんがおしえてくれました
さらに文章は続く。
ねがってきました
おかあさん ずっとわかってました
なかなかきかいがなかった
すいっちがかるくていい
すごくうれしいかんげきです
このすいっがほしいです
ふしぎです だれからもことばがわかるとはおもってもらえなかったのにせんせいはわかったのですか
多くの方から尋ねられてきた問いだった。私だってわからなかったこと、大勢の障害の重い方々との出会いが私を変えていったことをいつものように、説明した。
すごいね
しんじてもらえてうれしいです
何とか、お母さんに実感してもらいたかったので、生活へと話題を移し、好きなことは?と質問した。
すきなものはしいでぃをきくことです
くるしいときおんがくをきくときもちがはれます
ねがいはせかいのいろいろなおんがくをきくことです
お母さんは、首をかしげた。お母さんの理解では、彼の好きなことは電車に乗ることだったからだ。
彼は、いくつか、発声がある。「いや」「はやく」「はい」などだが、ワープロで文字を綴りながら、時折、「いや」という声がする。とりようによっては、無理強いしているようにも見えかねないので、これも聞いてみた。すると答えは、次のように返ってきた。
こえはこまったときにでます
確かに、うまく選択できなかったりした時に出ていた。
そして、さらに気持ちの吐露が続いた。
きもちをうまくあらわしたいとおもいますがなかなかうまくいきません
このすいっちがあればきもちをつたえることができる
とてもできないとおもってきたけどやっとすいっちがみつかってとてもうれしいです
ここで、「つかれました」と書いたのでいったん終えた。そして、お母さんといろいろなやりとりをしていたのを聞いていたので、もう一度、最後に一言あったらと誘うと、次のような文章が綴られた。
くるしいときにいつもことばをおもいうかべているのでことばはよくわかります
べんきょうしてこなかったけどじぶんでべんきょうしてきたのでわかります
これまでの努力なさってきた経過があるだけに、お母さんにとってはにわかには信じがたいようだった。ただ、なかなか一つのことを持続しづらいと言われているそうで、1時間以上もスイッチから手を離すことなく集中していたことを、とても驚いておられた。
次回が、お母さんとのやりとりもとても楽しみだ。
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2008年10月22日 00時58分
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2003年秋から、パソコンで少しずつ文章を書くようになり、ほどなく、お母さんと家でも綴れるようになった☆☆さん。私たちとの関わり合いの場では、この2年ほどは、必ず、○○君とパソコンで会話をしてきた。何よりも二人はこの会話を楽しみにしていたので、二人に任せて、いつのまにか時間が流れてきた。
だが、半年くらい前からだろうか、あまり、家でパソコンを開くことを喜ばなくなってきたとお母さんがおっしゃり始めた。たいていのことならば通じるし、わざわざ言葉でなくてもということらしいとお母さんはおっしゃった。
高等部3年を迎え、いよいよ学校生活も残り少なくなってきて、きっと様々な思いをかかえているのだろうにと、二人のやりとりを見ながら、なかなか彼女の世界に踏み込んでいけなかったというのが実際だ。
7月、この関わりの会で、小さな研修会を開き、みんなが通っている養護学校の大先輩の話を聞くことができた。もう40を過ぎた先輩は、卒業してからの様々なドラマを語ってくれたが、それは、少なからず、☆☆さんに影響を与えるに違いないと思っていたが、そのことをきっかけに、少しずつ彼女は家でもパソコンに向かう時間が増えてきた。
そして、次のような彼女の思いが表現された文章が、ファックスで届けられた。
「私、いろんな人と関わって豊かに生きたい。からだがきついときもあるけれどわたしらしくいきたい!」(これは2月1日)
「◇◇さん(大先輩)のように、がんばって夢をかなえよう。」(8月1日)
「私の夢はみんなと旅行に行ったり、なんでもないことで笑いあっていたい!!▽▽では、メンバーの人たちとたくさんおしゃべりしたい。××ではいろんな人に元気と笑顔をたくさんわけてあげたいと思う!」(8月6日)
そして、今日、○○君との会話の合間に、速く綴れる方法として、最近私がやっている方法を紹介した。何か、気持ちを引き出せるのではないかと考えたからである。
まず、この方法への感想については、
「このほうほうをやってみたい どうしてわかるの じぶんでかんがえただけで じがかけるのがすごい ふしぎなきもちです」
と書き、あとは思いを一気に綴った。
「ねがいはがっこうのせんせいにわかってもらうことです どうでもいいようなことはりかいしてもらえるけどほんとうにだいじなことはわかってもらえない (だいじなこととは)じぶんのゆめやたいせつなきもちです ただのうけみのじんせいはいやです ふこうにおもっているわけではないけどちゃんとしたじんせいをいきたい うちではだいじにされてしあわせだけど いつかうちをでるひがくるときにはつねにまえをむきいきていきたい」
社会人になる日が少しずつ近づいていく中で、やはり懸命に、彼女は自分の人生と向かい合おうしていた。しっかりと彼女の思いに向かい合っていかなければならないことを、改めて感じた。
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2008年9月7日 00時33分
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ある学習グループで、実践を報告し合う会を持った。今回はそこにスペシャルゲストとして43歳の重度の身体障害を持つ男性が参加した。男性は、かつて、私たちの仲間のH先生が、新任の時に担任した。養護学校義務制の実施によって初めて中学生になった彼は、見た目の障害の重さにもかかわらず、文字を知っていた。NHKの教育テレビを見て覚えたという。当時かなタイプをがんばっていたという彼は、現在、トーキングエイドを使って話をする。彼は、手を使うためには、首をそらさなければならないため、手元を見ながらうつことができないので、手探りでキーを選んでいく。
このトーキングエイドは、卒業後彼が通うようになった作業所の職員と、大阪の集会に出かけていって見つけ、使うようになったものとのことで、この機械によって、自分が生きていてよかったと感じられるようになったと語られた。彼が作業所で取り組んだことは、武勇伝がたくさんあるようで、病院の一角を借りて古本屋を営業してきたことや、シドニーのパラリンピックを見にいくためにわかめ販売をして、その収益金でオーストラリアに行けたということなど、話はつきなかった。
その彼の話にとても悲しいことがあった。彼よりもさらに障害の重い昔の仲間が、入所している施設から一時的に帰宅した際に、彼に会いたがってるというので訪問したところ、言葉の表現手段がないとされる仲間が、彼のトーキングエイドによる問いかけに対して、わずかに動く手を動かして意志を伝えてきたというのだ。その内容は、自分の施設できちんと薬を飲ませてもらえていないということとそのために自分の健康状態は非常に悪く、もう死んでしまうかもしれないというものだったという。そして、悲しいことに、半年後その仲間は亡くなったというのだ。H先生は実際に亡くなった彼のことも知っていて、信じられないような話に、大変ショックを受けておられた。信じられないような悲しい話である。
また、そのコミュニケーションの方法についても、いったい具体的にどうやってそんなに重い障害をかかえたお二人が、言葉を通じ合わせられたのか、イメージができなかった。もちろんそれは信じられないということでは、まったくない。私たちがイメージできないのは、私たちが、そういうかすかな動きに対する感受性を磨いていないからである。しかし、あらゆる専門家がかかわってもなしえなかったことを、自ら大変な障害を持つ彼が、成し遂げたのだ。それは、一方で驚異であるけれども、やはり、当事者同士にしかわからないことがあるということなのだ。私たちは、そこから、多くを学ぶべきであることはまちがいない。
私は、彼の前で、彼の後輩たちの言葉を報告した。いつもなら長々と説明をするが、この日は、「朗読」に徹した。伝えなければならないのは、私がどう関わったかなどではなく、後輩たちの言葉そのものだと思ったからだ。
彼は、とりわけ、私との27年間のおつきあいの末に、34歳になって言葉を綴った男性の言葉のところで全身で共感を表明しておられたように感じられた。
会場には、高校生の女子学生もいた。彼女は、両手の介助を受けてパソコンで語る少女である。彼女がパソコンで語れる準備がなかったのでその場で感想を求めることはできなかったが、たくさんのことを感じ取ったようだった。
ふと、言葉を持っていながら理解されていないという私の周りで起こっている状況も、結局は、当事者が切り開いていくものだという思いがよぎった。
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2008年7月22日 21時21分
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