ニックネーム:柴田保之
性別:男
年齢:56歳
障害の重い子どもとの関わりあいと障害者青年学級のスタッフとしての活動を行っています。連絡先は yshibata@kokugakuin.ac.jp です。

»くわしく見る
2008年12月30日(火)
昨日の傷ついた心は希望に満たされて静けさの中でひざまづく
 21歳になった○○さんと1年ぶりに会った。前回は、まだ、うまく文章を書けるような援助ができなかったが、今回は、最初からスムーズに援助することができた。あっという間の1年ではあるけれど、私の側の変化を感じる。1年前は、まったくなすすべがなかったのだから。

きてくれてありがとう きのうからまっていました くれのいそがしいときにきてくれてありがとうございます

 初めて綴った文章がこれだが、まるで、前から書いているような自然さだった。そして、いくつか文章が続いた後、次のような思いが綴られた。

いいたいこといいたいとおもってきたのでうれしいです
しんじてくれてありがとう
いいたいことがいえたらいいとおもってきたけどあきらめていました
ゆめでしたきもちをことばでいうことが
じぶんのきもちがいいたかった
きちんといいたいことがいいたかった
いままでずっといいたいことがいいたかったけど
いえなくてくやしかったです
きのうからしばたせんせいをまっていてきびしいきもちがらくになりました


 そして文字を覚えた経緯についてやりとりした。

(文字はいつどうやって覚えましたか?)
ちいさいころにちいさいころにいさむくんがえほんでおしえてくれた
(いさむ君とは?)
ちいさいときのともだちです
きたいしていたけどじぶんではつかうことができませんでした

(もしかしたら自分で作った友だち?)
きもちがきいてもらえるこころのなかのともだちです
(本当に絵本を読んでくれたのは誰ですか?)
おかあさんとおとうさんです
きぼうがでてきました
いちばんいいたいことはきかいがなかったからじぶんひとりでおぼえたということです


 そしてお父さんとお母さんにメッセージはありませんかというと、満面の笑みを浮かべて次の文章を書いた。

いままでたいせつにそだててくださってありがとうございます
いいりょうしんにめぐまれてしあわせです
きになっていることがあります
しせつになったらきにくくなるのではないかということです
きにくくなったらむりをしないでください
ちいさいときからじぶんのことはじぶんでやりたいとかんがえていたのでだいじょうぶです
いいところがあったらしずかだったらどこでもいいです
きぼうがでてきました
きもちをいうことができるとはおもいませんでした
いいきもちです いいじかんです

(現在の通所施設はどうですか?)
きれいなところでちゃんとしたしょくいんがいてあんしんです
(以前、会った時、自分はショートステイの施設に入って、ご両親が旅行に行ったという話をした時、とてもいい笑顔をしたよね。あれはどういう気持ちだったの?)
のぞみでした おかあさんとおとうさんがいいじかんをすごすことが
だからいいえがおになりました


 ここでお母さんから食事の時のことについて質問ががあった。

いいたいみんぐでないとちゃんとのみこめないからじぶんでなかなかたべられないのでじかんがかかってしまう
(タイミングとは?)
のみこめそうなたいみんぐ
いいちゃんとしたたいみんぐだとのみこめます
なれないひとにはみためではんだんされてしまいきもちがしゅうちゅうできません
ちゃんとたべさせてくれるひとにはきもちがしゅうちゅうできます


 ここで、驚きを隠せないご両親をさらに驚かせる質問をした。詩のことだ。

かけます ちいさいころからしをつくっていました いいきぶんになるためです
きいてください

きにきをつないでもりをつくろう
ちいさいきからひろがっておおきなもりができる
いのりとともにちいさなきはきょだいなもりとなる
しずけさのなかでとりがうたいはながさく
ちいさなこころとこころをつないでゆめをつくろう
きぼうにみちたみんなのゆめを
きじのなくこえがしてきがついたらそこにはなにもなかった
いいきたのかぜがふき
ちいさなゆきをふらせた
きたのかぜはきぼうをはこぶかぜ
ねがいをにびいろ(鈍色)からしろいいろにかえる
きたのかぜはいいかぜだからきぼうをのせてふいてくる
きたからふくかぜにきぼうをちいさいじぶんはいただいて
きたのくにのきぼうばかりをまちのぞむ
きたのきぼうのしずけさはきぼうにいきるきたのくにのひとびとのもの
きのうのちいさなびょうきのようなくるしみをいやし きぼうにかえる
きのうのちいさなきずついたこころをいやし きぼうにかえる
いいじかんがながれ いいりそうのしずけさがちいさなじぶんをつつむ
きのうのきずついたこころは きぼうにみたされて しずけさのなかでひざまづく。


 いったん描かれた美しい情景は、雉の声でかき消されてしまう。しかし、そこで、もう一度、改めて希望をもたらす北の風が吹くという展開には、胸をつかれる思いがする。それだけに、獲られた希望は重みがある。

しをつくっているときもちがおちつきます きもちがしずまります
だからしをつくっています じぶんのためにつくっています


 そして、最後にひとこととお願いした。

きょうはとてもうれしかったです
きびしかったけどじぶんのいいたいことがいえてよかったです
きじのこえはいぜんちいさいしいかのなかでしりました
きじもなかずばうたれまい
きじはおとうさんとしょうわこうえんでもききました
いいこえでした
いいじかんをすごさせていただいてかんしゃしています
いいにんげんになりたいのできもちをきちんといえるようになりたいです。


 彼が気持ちを日々の生活の中で語れるようになるには、まだまだ越えなければならないハードルがいくつかある。しかし、そのハードルを越えるための歩みはすでにスタートが切られたといっていいだろう。彼が、その先に目指しているのは、いい人間になるということだ。その崇高な目標への歩みを、少しでも援助できるよう、さらに私自身の研鑽をつまなければならない。



2008年12月30日 08時08分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 家庭訪問 |
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/yshibata1958/trackback/143/
コメントを記入  
お名前(必須)
 
パスワード:
 
メール:
 
URL:
 
非公開:  クッキーに保存: 
※非公開にチェックを入れると、管理者のみにコメントが届きます。
ブログの画面には表示されません。
小文字 太字 斜体 下線 取り消し線 左寄せ 中央揃え 右寄せ テキストカラー リンク