不思議な願いを木につなぎ いい木に望みをつなぎ
	
		
			| 4月5日のわかそよコンサート練習日、初めて長文を綴ったY君のお宅を、彼が参加しているとびたつ会の松田さんとともに訪問した。そして、さっそくパソコンを開くと、次のような文章が一気に綴られた。 
 きてくれてありがとう
 じぶんのいいたいこといいたいけどなかなかいえずにこまっていました
 ちいさいときからはなしたかったのでむかしからねがってきました
 りかいしてくれてありがたいです
 びっくりしました
 なぜぼくがはなしができるとわかったのですか
 みんなぼくがはなしがわかるとはかんがえてはくれませんでした
 
 そして、文字の学習について質問した。
 
 じはいろいろくろうしておぼえました
 じはにんげんだからきちんとわかりたいとおもってきました
 にんげんだからはなしたいです
 びんかんにかんじとってくれてうたいたいきもちです
 
 ここで、スイッチの援助を松田さんに代わる。すると、私の方法では、私がスイッチを動か
 
 していく方法にまかせていた彼は、自分でスイッチを動かし始めた。そして、選択したい場所を、止めることによって表現する。そうして、次の文章が綴られた。
 
 はなのさとて(で)は つちを つたないてをとりたててりっぱにつかえるにんげんではないけど
 
 ぬかりなくやっています
 
 私ではない人での援助によっても綴られることで、ご両親も、安心なさったようだった。この内容は、彼が通う通所施設の土に関する作業のことらしい。ここでお母さんから、もう一つの作業である紙ちぎりについて質問が出る。そこで、再び私が代わった。
 
 かみちぎりはかんたんです
 ぬかりなくやってきました
 
 そして、彼に、わかそよでは、この方法で書かれた詩に曲がつけられてみんなで歌っているけれど、Yさんにも作った詩はないかと尋ねたところ、次の詩が書かれた。
 
 きいてほしいじぶんのこころ
 きいてほしいねがいのことば
 じぶんのいいたいことをいえずにそだち
 いいたいことをいえずに
 にんげんしゃかいでみとめられず
 ねがったのはただちいさなしあわせ
 みんなのことをうらやみながら
 ゆめをずっとおいつづけ
 みどりのかぜにりかいされ
 ちいさなゆめをねがいながら
 ふしぎなねがいをきにねがい
 いいきにのぞみをつなぎ
 ひとりのせかいでいきてきた
 ねがいはちいさなゆめにかえみ
 どりのにれにびろーどのいいぬのをかけ
 ひそやかなぬいぐるみのようなこのぼくが
 ひそやかにりそうをかかげ
 みたこともないようなみどりのかぜに
 ゆうきをもらう
 
 満面の笑みを浮かべながら、詩だ。「緑の風」は、多くの人がこの春に表現し始めた言葉だが、「にれ」「びろーどのぬの」という言葉もまた、ほかの人の詩に登場した。何か、独特の美しさがあるのだろう。
 ここで、再び、松田さんに代わる。おうちのパソコンにソフトをインストールするために、スイッチをいったんパソコンから外したので、急遽、松田さんは、パソコンのキー(TubとEnterの二つのキーでも、このソフトは動く)を押しながら、Yさんの手を振りながら、読み取ることを始めた。そして、さらに、途中から、手を振ることをやめて、彼の目の動きで選択の意図を読み取ることにも挑戦した。どちらも、うまくいき、途中でお父さんにも代わったりしながら、次のような文章となった。
 
 てをはたらかせてこれからさきやるやりかたをさがしてて
 かなでなんでもはなせるようにはなしはかならず
 じぶんじしんやなやんでいるみんなとしあわせになります。
 
 彼の世界のいったんが表現されたことはもちろん大きな成果だったが、松田さんの援助で綴れたこと、目の動きでも綴れたことなどもまた、貴重な成果だった。一歩ずつだが、着実に青年学級&とびたつ会では、この取り組みが広がりを見せている。
 
 
 | 
	
	
		2009年5月16日 20時42分
 | 
記事へ  |
		
コメント(1) |
トラックバック(0) |
| 
青年学級 |
 
		
		
トラックバックURL:http://blog.zaq.ne.jp/yshibata1958/trackback/227/
	
 
でも帰ってからとても疲れていることに気づきました。いつも使っていない筋肉を使うような集中力でした、われながら。