光道園にて その2 雪の降る夜は…
東京の盲学校を卒業して光道園に入所し、30年が経過した50歳のTさんと関わった。
よい、このやり方は。気持ちを伝えたかったです。願いがかなってうれしいです。夢みたいです。聞いてもらいたいことがあります。理解してくれる人が現れるとは思いませんでした。みんなとこんなふうにして話したいと思います。気持ちが言いたい。子どもの頃からずっと願ってきましたが、みんなぼくのことを何もわからない人だと思って、何も理解してくれませんでした。夢みたいでした。
Tさんとは、この合宿でもう何度も会ってきたが、彼との間には一つ思いである。もう20年近く前田だが、彼が、一度東京の病院に入院したことがあり、お見舞いに光道園から訪れた鷲田さんという寮母さん(当時のはこう呼んででいた)を、病院までご案内したことがある。「とてもすてきな方だから」と何度も繰り返しおっしゃりながら、病院に向かったことをよく覚えており、彼女がどれほどTさんを大切にしていたかに深く感動したことを覚えている。その後、鷲田さんは、若くしてお亡くなりになってしまったが、このTさんとのできごとは私にとって忘れがたい思い出となっていた。そして、そのことをTさんに尋ねた。
ここで、Tさんは、うおっと大きな声を出す。その声の意味について尋ねると次のような答えが返り、さらに文章は続いていった。
悲しいという声でした。
このやり方をみんなに伝えてのびのびと愉快に暮らしたいです。よいやり方ですね。うれしいです。苦しかったその日々を忘れることができそうです。よく苦しみをこらえてきたと思います。
ここで、やや勇気が必要だったが、Tさんは詩を作っているかと尋ねた。すると、次のような切々とした響きの詩を聞かせてくれた。
雪の降る夜は、気持ちが瑠璃色になる
雪の降る夜は、気持ちが噴水のようにきれいになる
雪の降る夜は、気持ちが人間らしくなる
雪の降る夜は、気持ちが苦しみから解き放たれる
雪の降る夜は、気持ちがさかんにみんなを求めて願いを持ちたくなる
雪の降る夜は、気持ちがくすくす笑い出す
噴火しそうな気持ちが静まり、気持ちがきれいに瑠璃色になる
よい雪の夜に、よい人間になる
よい雪の夜に、よい私に瑠璃色の心に
清らかな金色(こんじき)の未来が開けてくれる
日本海側の福井には雪がたくさんふる。そんな夜に作った詩なのだろうか。
この詩には瑠璃色、金色といった色が登場する。全盲の彼に、色はどう感じられているか、尋ねてみた。
わかりませんが言葉を聞いて美しいと思ってきたので覚えてきました。
この後、パソコンでもやってみる。もちろん音声の手がかりだけでの選択である。
機械でやれたらうれしい。人間ぎらいがなおりそう。未来が開けてきました。勇気が出てきました。舞台に出た気分です。小さいときからの夢でした。自分の気持ちが言いたいと神様に祈ってきたのでかないました。自分の気持ちが言えてしあわせです。小さいときから身につけたかった。いい理解をしてほしかったです。小さいときから夢でした。敏感に感じとってくれてありがとう。自分の気持ちを言いたかった。いい気持ちです。
偶然、この光道園の合宿には、彼が卒業した盲学校の先生も参加しており、そのことに話が及んだ。
○○盲学校がなつかしいです。なつかしいです。寝られない夜は○○盲学校のことを思い出しています。なつかしいです。そうです。よりやり方ですね。○○盲学校の後輩をよろしくお願いします。はい、よろしくお願いします。
もう長いこと、訪れたこともないだろう母校のことを、こんなにも深く思っていたのだ。
今回語り出された言葉は、50年という長い長い沈黙を経てようやく姿を現したものだった。本当に重い重い言葉だった。
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2009年8月23日 19時02分
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