風と夕焼けの歌
小学1年生の○○君とパソコンで話をした。ある程度手を使える彼とは、就学前から大学院生の◇◇さんがいろいろな学習を積み重ねてきた。その学習は様々なスイッチから始まって、ボールを缶に入れる学習、形のはめ板の学習、そして、カードの見本合わせなどである。スイッチについては、様々な運度方向の学習が進んで、姿勢のコントロールも運動のコントロールも上手になった。しかし、ボールを意図的に話す、○や△や□の板をその同じ形の穴に入れるという学習では、その強い意図に対して、空中での上手な手のコントロールが必要なため、誰が見てもできているというふうには見えにくかった。しかし、それは単に、力のコントロールだけの問題なので、十分に理解した上で運動をしてということは、私たちにはよく伝わってきた。そこで、見本あわせの学習へ、どんどん進めて行った。方法は、ある見本を提示したあと、二つの選択肢を左右に提示して、いずれかを選択してもらうものだった。ここでも、○○君の理解に反して、手は不随意的に動いて、選びたい選択肢の反対に手が動いてしまうことも少なくない。また、目もしっかりと選びたい選択肢をとらえることが少なく、○○君の理解を客観的に証明するにはむずかしさが生じてしまう。しかし、もちろん、そういう○○君の運動に関するハンディを考慮するならば、私たちには○○君が理解していることは、疑いようのないことだった。そして、選択の内容をどんどん進めていって、ひらがなの学習へと進めていった。
こうした学習を十分に重ねた上で、いわば満を持して、学校にあがったことをきっかけに、手を振る方法やパソコンで気持ちを聞く関わりを学習の中に含めていくことにした。
いいすいっちです ふしぎです せんせいはどうしてききとることができるのですか
パソコンで綴りながら、彼は、不明瞭ながら発声をしている。それは紛れもなく言葉であり、その言葉のいくつかをあてたので、彼は上のように書いた。
ここで、学習を進めてきた意味を彼と語り合おうと思って、いくつか質問をした。
(自分で思った通りに手が出せず、わかっているのにわかっていないと言われて困ることがあるよね。)
こまります。
(選ぶ学習をがんばって少しでもうまく選べると、大人はけっこう理解してくれるので、この学習を通して自分の体のことをよく自分で理解してね。ところで、ひらがなはもう全部完全に覚えましたか?)
はい わかるようになりました
(それはいつごろですか?)
だいぶまえです
(今、「まえ」って口でも言ったよね?)
はい
(せっかく声で言ってもうまく言えなくてつらいね。)
つらい ちいさいときからはなしたかったからうれしいです
(ところで、ひらがなが全部わかったと自分で思えたのはどういう時でしたか?)
にたもじのくべつができたときです
(ひらがなは、□□先生といっぱいやってできるようになったのですか?)
いっぱいやってできるようになりました
(パソコンの文字は見えますか?)
むずかしい ちいさくて
(ぼくはめがねをかけているけど、めがねをはずすと小さい字はぼやけて見えなくなるんだけど、そういう意味で小さい字が見えないのかな? それとも、小さい字がいっぱいならんでいて字をじっと見続けるのが大変なのかな?)
つずけてみるのがたいへん そういうことかとはじめてわかりました
みえていますがなかなかめがとめられません
(絵や一つの文字だったらはだいじょうぶなのかな?)
はい
(単語みたいに文字がならなんだらどうだろう?)
たんごのときはこまります
そして、これまでの思いが綴られた。
めのまえでちいさいときからいいたいとおもってきたけどちっともきいてもらえないのでさびしい
その後、さらにつらかった思いが語られた後、いっしょにペンをもって文字を書く方法をお父さんに伝えた。手を振る方法やパソコンよりも家で練習がしやすいことと、最終的には非常に速いコミュニケーション手段になりうるからだ。実際にいくつかの文字を書いてみると、うまくいった。
それから、何か物語とか詩などを作っていないかを尋ねた。すると、すんなりと次の詩が書かれた。
きれいないろのかぜにのり
ねがいをそらにとどけたい
みんなとゆうきをだしあって
とおいせかいにとびたとう
きっとみんなでうつくしい
ねがいがきれいなゆうやけを
にしのそらいっぱいにいろどるだろう
みんなもきっとこころのなかが
ゆうやけいろにそまるだろう
文字の数がそろっているので、歌か詩かについて、手をそえてペンをもつ方法で尋ねると、「うた」と紙に文字が書かれた。
さっそく、手を振る方法でメロディを聴き取る。その最中、これでいいかと確かめる時○○君は鮮やかに首を振ったりうなずいたりして答えを返してきた。これも新しい発見だった。
ちょうど、窓から夕日がさしこむ時間だった。手を振る方法で尋ねると、「夕焼けの時間に歌をうたってもらってうれしい」と返ってきた。
満面の笑みを浮かべる彼に、家内が手を添える筆談を試みると、次のような彼の言葉が綴られた。
まま のびのびしよう
ぱぱ からだをだいじに
新しい可能性の予感に包まれながら、美しい夕焼けの中をパパと彼は、ママと妹の待つ家に帰っていった。
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2009年11月8日 10時57分
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