ニックネーム:柴田保之
性別:男
年齢:56歳
障害の重い子どもとの関わりあいと障害者青年学級のスタッフとしての活動を行っています。連絡先は yshibata@kokugakuin.ac.jp です。

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2008年06月28日(土)
母への思い、友への思い。
 金曜日の関わりあいでのできごとから。
 兄弟で関わっているお二人の男の子のうちの中学生の兄さんの方が母へ、次のような言葉を綴った。「にほんそばのおいしいみせをさがしていますが なかなかみつかりません。ねがいは おかあさんにおいしいそばをたべてもらうことです。くるしいときもかなしいときも いつもぼくたちのおせわでたいへんだから たのしんでもらいたいとおもいます。てがうまくつかうことができたら おかあさんにいろいろやってあげたいとおもうけど どうしてもうまくいかないのでかなしい。のぞみをかなえてもらえるとしたら おかあさんによゆうのあるせいかつをしてもらいたいし もっとたのしいことをいっぱいみつけてほしい。」中学になった兄さんの、母への思いは、深い。「おそば」というのはほほえましい感じだったけれど、それに続く言葉は、切実なものだった。母から兄弟へ向けられた深い思いと、それに劣らない兄さんから母へ向けられた思い。ただ感動させられるのみだった。
 そして、さらに、兄さんは、「めをつぶるとよくみえるさんたのようなともだち」についても語った。そのともだちは「すてきなともだち」で「げんきなこどもにはみえません。ともだちにあえるのはともだちがみえるときだけです。」と説明をしてくれた。長い間、言葉によるコミュニケーションが閉ざされてきた子どもたちが、口々に語る想像上の友だち。「みえるとき」は限られているということのようで、想像上だからといって、いつでもあらわれるわけではないようだ。不思議なリアリティをもった存在のようだ。
 高等部の○○君は、学校でのパソコンのことを綴った。最近、少しずつ、学校でパソコンを使い始めたということで、まだワープロはやっていないとのことだが、「すいっちがうまくできたら××××せんせいのじかんにできるかな。」とまず綴った。ワープロのスイッチの援助にはこつがいるので、そこをうまくクリアできたら、学校でもできるということだろう。ところで、学校には、みんなの仲間で亡くなってしまった◇◇◇さんのご両親が学校に寄贈したノートパソコンがある。10歳で亡くなる半年前から突然パソコンで語り始めた◇◇◇さんの思いを伝えていくためだ。○○君が使っているのは、まだ確かめていないが、もしかしたら、そのパソコンかもしれないとのこと。「◇◇◇さんものーとぱそこんおくってくれたのだからぼくねばりづよくがんばりたいとおもいます。」短い言葉だが、亡くなった友の思いを受け継いで、がんばらなければという熱い思いが伝わってきた。もう亡くなって3年あまりになるが、みんなの心の中に、◇◇◇さんは確実に生きている。

2008年6月28日 01時13分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 自主G多摩1 |
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