光道園その3 Tさんとの再会
ほとんど言葉を語らないTさんの気持ちを聞き取ったのは、昨年のことだった。その時、とても深い詩を聞かせていただいた。彼は、関東地方の盲学校の卒業生である。私とほぼ同年代の彼ともっとも印象深いできごとは、何かの治療で都内の病院に入院した際、彼の担当の職員さんのお見舞いのご案内をしたことである。20年ほど前のことである。その職員さんは、すでに亡くなった。彼のことをとても大切にしていて、病院に向かう電車の中で、Tさんを「すてき」という言葉で何度も表現されていたことがとても印象的だった。しかし、言葉を発しないTさんとは、なかなかコミュニケーションはとれないままだった。
今年は、Tさんは私のことを明らかに待っていてくれた。もちろん私も彼との再会を心待ちにしていた。
柴田さんひさしぶりですね 聞いてほしい詩があります
こよいの静かな品のよいドラマのようなみんなの笑い声が聞こえ
もんもんとした心に遠い願いのような不思議な声が聞こえる
小さいころ鳥が鳴くと目を覚まし
空高く昇る太陽の光を肌で感じながら
べりべりと音を立てて小さな夢がくずれていくのをながめながら
小さい胸を痛めてきた
人生をつらい毎日でなく楽しい日々にするために
ぼくは呼んだ
このいのちがつきる前によい知らせをとどけてくれと
時間はかかったけどどんなにぼくは待ち続けたことだろう
人間としてどんなにどんなに自分の人生をどんよりさせることなく夢物語に変えて
もんもんとした気持ちを晴らしたかったことだろう
人間としてぼくは人生を絶対に捨てないで生きていく
小さないのちだけどぼくのいのちはぼくだけのものではない
名前も持たない人間だけど
小さな声しか出せないけれど
ぼくは黙ったままでは終わらない
何かを果たして生きたいとべんべんとした気持ちで祈り続ける
禁じられた言葉の鎖を解いて
未来をそらそらと持ち上げて
未来をこの手につかんでみせる
いい詩ですか ひとりでいつも考えています きびしいからだですがぼくらしく生きるために気持ちを詩にしています もうひとつ聞いてください
続いて見えたわたしたちの希望
時間はかかったけれど
望みどおりの言葉を語り
望みどおりのぼくの声を叫び
人間として忘れられたぼくをとりもどし
願いをとりかえし
忘れられない夢をそっと呼びもどし
小さなぼくでも声を出し
望みをかなえて呼びかけよう
人間としての実りある人生を歩むためなら
どんな困難でもけっしてあきらめるなく
敏感な心のままに生きていこう
ここで、一息ついてWさんのことを話した。
Wさんずっと覚えています ずっと忘れません ずっと心の中で生き続けています びっくりしました なぜWさんを知っているのですか 覚えています ○○の病院のことは ずいぶん昔のことてすね
聞いてほしいことがあります 学校との問題ですがどうしてどんな子どもにも可能性があると学校の先生は考えてくれないのでしょうか 小さいときから気持ちを聞いてもらいたかったです ぼくたちもおなじ人間なのに聞いてもらえませんでした
話が学校のことに及んだので、私は、昨年の夏、光道園の合宿の後に、彼の卒業した盲学校の研究会で話をする機会があったので、その中で彼の詩を紹介したことを伝えた。そして、残念ながら、まだ、こうした方法が広く認められたものとなっていないので、Tさんのことや貴きっとった方法などについては、細かく触れることはしなかったということも会わせて伝えた。すると彼は、それをとても喜んでくれて、次のように語った。
とんでもなくうれしいです 母校で語ってもらえて感動です ずっと願いでした ずっとずっと夢みていました 母校で何かできることを
グレーの気持ちがとても晴れました じっとひとりで生きてきたけどようやく願いがかないました 小さいときからの夢がかないました 小さいときからのどんよりとした気持ちが晴れました うれしいです
ここで、歌を作っていないかと尋ねた。すると次のような返事とともに、歌を聴かせてもらうことができた。
作っています 歌も聞き取れるのですか
理想にもえて人生を
自分の足で歩いていこう
自分で不思議な歌を歌い
未来にむかって歩いていこう
これだけです 人間としてという題です 小さいときに作ってずっと歌ってきました いい人生にしたかったから作りました まさか聞いてもらえるとは思いませんでした 聞いてもらえてうれしいです 歌ってください 小さいときの思い出の歌です きびしかったけどようやく光がさしてきました 小さいときはもっと話せるようになると思っていましたがためでした トイレに行きたいので終わります
おそらくまた会えるのは来年になるだろう。私のとうてい理解できないような時の過ごし方を経て、1年後、彼はどのような言葉を語るだろうか。
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2010年8月23日 17時08分
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