ある成人の通所施設で、とても穏やかな四十歳前後の男性と関わった。この男性は、ふだんのその様子にもかかわらず、時折2,3日、ぷいといなくなってしまうことがあるという。
いい機械ですね。自分の気持ちを言いたいけど、小さいころから言葉が話せなくて困っていてびっくりしています。がんばったからできるのだと思います。字を覚えることです。いい気持ちです。小さいころからの夢でした。いい気持ちです。聞いていてここだと思うと読みとられていきます。小さいころから字はよく勉強してきたのでかんたんです。
そして、ここでどうして時々いなくなってしまうのかの理由を尋ねた。
自分で一人になりたいときに外に行きます。なかなか自分の気持ちが言えないので外で気持ちを晴らしています。大丈夫です、誰も僕には気を止めませんから。何も食べません。がんばって何日も過ごしますが何も食べていないのでおなかがすくと帰ります。
海が好きです。波を見ていると時間が経つのも忘れてしまいます。晩になるといい風が吹いてきて夢のような心地がします。はい内緒の場所です。小さいときから好きでした。未来が開けてきました。がんばってきてよかったです。
そして、波と風をめぐる詩が書かれた。
いい風にのって波が揺れている
昨日の悲しみを揺らしながら
波は私を慰めてくれる
人間として生まれて生きてきて
なかなか光が射さないけれど
波だけは知っている僕の気持ちを
小さい願いを携えて
僕は夜の闇の中で息を潜めて生きてきた
みんなに今晩はとも言われずに
じっと息を潜めて生きてきた
揺れる波だけが理解してくれる
人間として生きてきたことを
人間として未来を望んできたことを
小さい喜びを大切に
涙を流さないで生きていこう
波にそう誓った
行方不明なっている時、まさかこのように波を見つめて過ごしていたとは誰にも気づかれていないだろう。しかも、このような美しい詩を心の中で唱えながら。
そして、今度は通所施設の話へと移っていく。Aさんとはそばで見守っている職員である。
Aさんいつもありがとうございます。○○○(通所施設の名)は空色の場所です。地域で生きたかったので○○○にこれてよかったです。これからもよろしくお願いします。いいスイッチなのでこれで僕の気持ちが話せそうなのでよろしくお願いします。
そして、かあさんへの感謝の言葉に移っていく。
かあさんにはいつも感謝しています。かあさんにはいつまでも元気にしていてほしいです。小さいころから逃れられないこの運命に耐えてがんばってくれて感謝しています。いいお母さんなので本当は僕に忙しくしてしまって人生を少ししか楽しめなかったのではないかとみんな心配していますがどうでしたか。人間としていい人生だったでしょうか。夏と冬には旅行に行きたいものですね。
そして、自分の気持ちを伝えられずに困っているj子どもたちの話になった。
小さいころからじっと気持ちを言えずにいたのでぜひ子どものころから話せるようにしてあげてください。どこで脈があるかわからないですからがんばってください。小さい子どもと話をしてあげてください。きっとみんな喜ぶと思います。
最後にAさんから、あまり冬にいなくならないでね、寒くて凍えてしまうと心配だからと言われると、
わかりました。そうしたいと思いますがもう気持ちが晴れないことはないと思います。こうしてわかってもらえたから。
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