ニックネーム:柴田保之
性別:男
年齢:56歳
障害の重い子どもとの関わりあいと障害者青年学級のスタッフとしての活動を行っています。連絡先は yshibata@kokugakuin.ac.jp です。

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2011年03月02日(水)
穏やかな瞳
 ある通所施設でのできごと。重度の肢体不自由の○○さんは、私とのやりとりの中で、同じ通所施設の重度の自閉症と呼ばれる◇◇さんとともにたたかわなければならないと言った。
 その通所施設を訪れ、◇◇さんと一室で向かい合った。パソコンに向かうには、まだ落ち着かないから少し待ってほしいと手を振る会話で伝えてきたので、少し待っている間に、私は、この○○さんの言葉を伝えた。すると、突然、◇◇さんは座っていたいすから立ち上がり、パソコンに向かってきて、次のようにつづった。

 聞いてとても感動しました。まさかぼくをそんなふうに見ているとは思いませんでした。勇気が出てきました。勇気と未来が見えてきました。やっとぼくたちのことが理解される一歩が踏み出せました。理想的な話です。ぼくもがんばって未来を切り開きたいです。

 前回、向かい合ったとき、◇◇さんは、なかなか進まない理解にいらだちをぶつけてきていたが、今回は次のように話が進んでいった。

 雪を見ながらぼくは遠い昔を思い出していました。雪はすべてをゆるしてくれます。悩みも苦しみも雪は忘れさせてくれます。何度となくぼくは綿のような雪を見ながら泣いてきたことでしょう。涙は流れなくても心の中では泣いています。涙は流れなくてもつらいのは同じです。涙は出なくても泣いているのは同じです。みんなもきっとそうです。挽回したいです。悩みや苦しみを乗り越えてぼくもごんごんいい未来を作りたいです。勇気はまだまだたりないけれどぼくにも大丈夫だという気持ちが湧いてきます。不思議です。どうしてこんなに気持ちが落ち着いていられるのか。雪の話をしたからでしょうか。雪の話を小さいころからよく思ってはわずかな希望をなんとか作り出そうとしてきましたから。どうしても未来を切り開きたいです。悩みや苦しみを越え未来を切り開きたいです。雪を思いながらぼくは雪のようなきれいな心をとりもどせました。

 前日もみぞれまじりの雨が降ったが、きっと彼は半月前に関東地方に降った雪のことを言っているのだろうと思った。そしてさらに穏やかな瞳で遠くを見つめるようにしてさらに言葉は続く。

 瑠璃色の光もつらいときの理想です。青の深い瑠璃色がすべてを忘れさせてくれます。小さいときから大好きでした。みんなもきっと同じだと思いますから聞いてあげてください。どうにかして未来を切り開きたいです。みんなも未来を切り開きたいのですね。夢のようです。仲間が仲間として仲間らしく手を取り合えたすてきですからがんばりたいです。涙が出るくらいうれしいです。ぼくが先頭なんて恥ずかしいけれどがんばりたいです。悩みもつきないけれどなんだか未来が開けてきました。緑の風が吹いてきたみたいです。勇気がもっとほしいです。分相応人生におさらばです。×××(通所施設の名前)は本当にいいところです。残りの人生を豊かなものにしたいです。奈良の仏像の話もあります。奈良の仏像は雪と同じように悶々とした気持ちをとかしてくれます。奈良に行ったことはないけれどランドセルの中にはいっていた本で見て好きになりました。奈良にもいつか行ってみたいです。分相応の敏感な人生ですが奈良の望みを大切にして行きたい。人間としての悶々とした気持ちが晴れていくのがわかります。奈良の仏像のような静かな心を大事にしたいです。夕焼けも大好きです。ランドセルを背負って見た夕焼けがなつかしいです。ランドセルを背負ったぼくはとても無邪気な子供でした。奈良の夕焼けが見たいです。人間だから心があることをわかってくれてありがとうございました。
 
 瑠璃色の光は本当に多くの人が大切にしているものだが、彼は、さらに奈良の仏像について語る。きっと慈愛に満ちた顔をした仏像のことなのだろう。
 「心の理論仮説」というものがある。自閉症の人は相手が心についての理論を持つことが困難だという。しかし、真実は、私たちがそういう方々の中に当たり前の、人間としての心があることを理解できないということになるはずだ。
 1時間、とうとう立ち上がることもなく、ずっとパソコンに向かい続けた姿も初めてのものだった。その姿は、◇◇さん自身が慈愛に満ちた仏像の姿だった。


2011年3月2日 08時55分 | 記事へ |
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