ニックネーム:柴田保之
性別:男
年齢:56歳
障害の重い子どもとの関わりあいと障害者青年学級のスタッフとしての活動を行っています。連絡先は yshibata@kokugakuin.ac.jp です。

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2011年05月02日(月)
わずかな希望さえあれば人は生きてゆける!
 ある会で、震災をめぐる5人の方々の気持ちを聞いた。まず、そのうちの二人を紹介する。
 最初の言葉は、特別支援学校の高校生の女の子の言葉だ。震災から一月以上が経過して、悲しい気持ちの中に確実に希望が力強く見えてきていることがわかる。

 地震があったので私はとても悲しい気持ちでいっぱいですがなかなか涙も出てきません。いちばんつらかったのは犠牲者の中に子どもがたくさんいたことですがなぜあんなにたくさんの子どもが亡くならなくてはいけないのかいくら考えても理解できませんでした。犠牲になった子どもたちがかわいそうでした。優しい母さんたちもたくさん亡くなったのも悲しかったです。唯一の救いは理想を失わずにみんながもう一度立ち上がろうとしていることです。私たちは自分たちに障害が体にあって苦労してきたのでなぜ人は苦しまなければならないかよくわかっていたつもりでしたがまた理解できなくなりそうでしたが、まだまだみんな頑張っているのでろうそくの明かりは何とか消えなくてすんでいます。

 二人目は、学校を卒業して2年目になる若者の言葉。 

 いい季節がせっかく来たのにまったく悲惨な今回の地震で心が痛んでいます。僕たちの理想はこの世界から苦しみがなくなることなのでとても困っています。小さい子どもやかわいい小学生まで亡くなったのが理解できません。小さい子どもを救えなかった人の気持ちを考えると胸がつぶれそうです。勇気をなくしそうでした。 唯一の救いはわずかであっても人々がもう一度立ち上がろうとしていることです。人間はすごいなと思いました。もう少しで生きる希望をなくしてしまうところでしたからわずかな希望が見つかってよかったです。僕には体に障害があるのでわずかな希望さえあればずっと忍耐できるということがわかっているので勇気をまたもらいました。もう少しの辛抱だと思います。武器は勇気です。人間強い生き物だということを僕たちが一番力強く証明していますから。

 彼の力強い表現に、思わず、このままテレビの公共広告機構のCMになりそうだねと言ったら、次のように返ってきた。

 そうですね。「わずかな希望さえあれば人は生きてゆける」と言ってテレビで訴えたいです。仲間はみんな同じ気持ちだと思いますが確かに語り口が違うのかもしれませんね。そうです。僕たちは望んで障害を持ったわけではないからよくわかります。ご覧なさい僕たちをと言いたいです。僕たちも生きていられるのだからみんな大丈夫だといいです。

 彼はまた小さい頃からの相撲ファンでもあり、震災前からのごたごたについて意見を持っていた。


 相撲のことです。何ということなんだろうと怒っています。人間として恥ずかしいと思いますがぼくはきっと色々な事情があるのだと思いますからまたいい相撲がもう一度見られることを疑ってはいません。どうしてなのかはわからないけれどわずかな望みさえあれば相撲も大丈夫です。そうです。すぐに立ち直れると思います。ぶつぶつ言っている小賢しい大人はみんな間違っています。望みさえあれば何でも切り開くことができるでしょう。そうです。私たちはいつもそうやって生きてきましたから。

 そして最後に「ブロンズの塔」という詩を書いた。

「ブロンズの塔」という詩を聞いてください。

ブロンズの楡の花を模した塔
それを私は望みながら いつか僕にもそんな像が作れるような気がした
願いはノンストップの風の中で砕け散りそうになっているけれど
望みはブロンズの像のように風にも揺るがずに立っている
願いを刻んだブロンズに きょうも私は夢を託す


2011年5月2日 14時57分 | 記事へ |
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