ニックネーム:柴田保之
性別:男
年齢:56歳
障害の重い子どもとの関わりあいと障害者青年学級のスタッフとしての活動を行っています。連絡先は yshibata@kokugakuin.ac.jp です。

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2008年07月18日(金)
都内のある生活実習所にて
 隔月で通っている都内のある生活実習所にうかがった。前回の訪問と今回の訪問の間に、たいへん大きなできごとがあった。それは、この生活実習所に通っていて、昨年、近くに新しくできた通所施設に移った一人の女性が亡くなったことだ。その女性のことは、5月に紹介したが、彼女がこの施設に通っていた時は、まだ私たちは彼女の言葉を見いだすことはできなかった。彼女が初めて言葉を綴ったのは昨年の12月。全部で3回の言葉のうちの2回の言葉の中に、ここの仲間のことが登場する。2度目のものが、「×××のみんなげんきかな あいたいわ てがみをかきたいです こんどあそびにきてください」であり、3度目は、「らいげつは×××ですか。みんなによろしくつたえてください。わたしはげんきですとつたえてください。またあいたいですとつたえてください。」と綴ったあと、仲間の文章のいくつかを見せたところ、「すてきなことばでしたほんとうに。のぞみをすてないでよかったね わたしたち」と綴っていた。
 朝、最初に関わった◇◇さんは、こう綴った。「とてもかなしいことがありました ○○さんがなくなりました つやのせきにでかけておわかれをしたかったけどできませんでした かなしかったけどかあさんがいきましたのでかわりにせんこうをあげてくれました きになっていることがあるのですが○○さんがかいたことばはどのようなものだったのでしょうか てがみのようなものだったのでしょうか」そこで、◇◇さんに○○さんの言葉を改めて見せたところ、「すてきなことばでした ねがいがかなってしあわせだったのですね しんじてもらえず ○○さんはさびしかったね でもじぶんのきもちがいえてよかったね じぶんのきもちもいえずになくなってしまったら もっとかなしかった」と続いた。
 また、▽▽さんは、「せっかくことばがはなせたのに○○さんはざんねんでした すてきなぶんしょうでした ほんとうにざんねんでたまりません かあさんが○○さんのおそうしきでいただいてきました かあさんからせんせいのことをきいておどろきました ○○さんのことをみていたとはおもわなかったからです ○○さんのことはぜったいにわすれません くやしかったとおもいます みんなになかなかわかってもらえず わたしにはそのきもちがよくわかります とくにりかいしてもらえないつらさはわたしもおなじですから りかいされないくるしさはとてもことばではいいあらわせません」と綴った。
 お二人は、ともに30代半ばの女性。お二人とも、今年になって初めて文章を綴った方々である。10ほど若い○○さんのことを妹のように思っていたことだろう。ともに同じ場所で過ごした日々は、互いの思いを言葉で知ることはなかった。そして、○○さんが別の施設に移って初めて、互いの言葉を交わし合った。容易には、はかりしれない思いがそこにあることだろう。
 そして、同じグループにいた男性▽▽さんは、短いながら、次のように綴った。「せんのかぜになって(の?)うたをききにいきたいとおもっていますのでおかあさんおねがいします」。確かめることはしなかったが、もしかしたら、○○さんへの鎮魂の思いをこめていたのかもしれない。
 すでに○○さんが、逝ってから2ヶ月が過ぎた。しかしみなさん、それぞれに、その死の意味、あるいは生の意味を考え続けてこられてきたのだろう。
 
 また、5月に初めて文章を綴った☆☆さんは、次のように綴った。「おはよう こまっています はやくわたしたちのことばがあることをかあさんにおしえてください。◇◇さんがはなしていることでもかまわないのでなんとかことばがわかることよくもっとつたえましよう。せんせいはなぜ、そんなことやれたのか おかあさんにおしえて」。そして、そこへタイミングよくお母さんがおみえになった。すると「まねしてやってもらう。」と書き、お母さんとともに、自分の名前を書いた。彼女が5月に書いた生まれて最初の文章は、「みなぱそこんがせんぶてでできるようになったときいたけどよかた。すきそうなしがかきたいわ。わたしたちやさしいかぜがいる。せいかつじっしゅうじょにあなたいなきゃいね。ぬくいかぜがふいてきそうです。(彼女の両親は西日本出身で、「ぬくい」は、そちらでよく使う言葉だ)よいきもちにさせてくださいます。くらいきもちをあかるくしてくださいます。ねがいごとはこんなんにまけないきもちをもつことです。のぞみはわかってもらえることです。ごかいされてほんとうにかなしいときがあります。といれがいえないのでくやしいです。にんげんとしてあつかってほしいです。ねがいはにんげんとしてけだかくいきていくことです」というものだった、お母さんには直接渡っていなかったとのこと。お母さんは、ただただ驚いて、彼女をだきしめ、いろいろな言葉をかけ続けた。38歳の彼女が、突然、言葉を綴ったという事実を、一瞬のうちに受け止めるというのは、お母さんにとっても大変なことにちがいなかったが、お二人の姿は喜びに包まれているように見えた。
 彼女は、数年前、私がボランティアとしてパソコンとスイッチをかかえてこの施設に通い始めた時、もっとも障害の重い人のグループにいて、最初にスイッチをたたいて笑顔を見せてくださった人だった。しかし、その反復的で、瞬発的なたたき方は、もっとも初期的な手の使い方であり、それゆえ、言葉から大変遠い方だと決めつけていた。ただ、そういう方とのつきあいこそ私の専門と考えていたので、彼女の存在は私にはとても大きかった。施設の方も、あの☆☆さんが、喜んでスイッチを連打しているということを、関わりとして高く評価してくださったし、そのことで、外部者である私は、受け入れてもらえたと思ってきたのだ。そんな☆☆さんが、深い思いを言葉で語っている。長いこと、言葉がないけれど、音楽が好きと決めつけていた私たちの誤り。償いきれないほどの誤りが、また、ここにもあった。
 また、次の関わりあいは2ヶ月以上先のこと。その間、たくさんの言葉と気持ちをあたためておられらることだろう。


2008年7月18日 23時02分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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