ニックネーム:柴田保之
性別:男
年齢:56歳
障害の重い子どもとの関わりあいと障害者青年学級のスタッフとしての活動を行っています。連絡先は yshibata@kokugakuin.ac.jp です。

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2011年05月16日(月)
大震災をめぐる言葉 4月25日その2
 小学生の○○君は、新学期の様子を、いい先生にまた担任をしてもらえた喜びとともに語ったあと、次のように語った。

 なぜ、どうしてという疑問が今僕を包んでいます。理想を見失いそうですが忘れられないのは人を助けようとして亡くなった人のことです。理解できないのは理想を大事にしている人が亡くなったことです。未来の日本はそういう人を大事にできることが肝心だと思うのですがどうしてそういう人まで亡くなるのかが理解できません。でも泣きながらでも地震と津波から立ち上がろうとする人を見ていたらわずかな希望を感じました。どんなにつらくても人間は生きる希望を失わないことが唯一の救いでした。私の未来という詩を聞いてください。

理想を掲げて僕は生きる
だけど理想はかなわないこともあることを
僕は地震で思い知らされた
なぜそんなに自然は残酷なのか
僕にはわからないけれど
なぜなのかということはわからなくても
わかっていることは未来は理想をなくしては絶対に作れないということだ
だから人は立ち上がる
悲しみを越えて立ち上がる
涙はかわくことはないけれど
必ず人は立ちあがる
涙を越えて立ち上がる
僕たちも残酷な自然のせいで障害を持っているけれど
僕たちもまた立ち上がる
どんな理不尽な自然であっても
僕たちもまた立ち上がる
未来のために立ち上がる
けして理想を失わず。

 なぜなのかわからなくても唯一の望みは勇気を人が失わないことです。なぜなのかはわからなくても勇気さえあれば人は生きていくことができますから。まことの勇気さえあればわずかな希望さえあれば生きていけますから。分相応はいやですが人間は分を少し忘れてしまったのかもしれません。でも長い時間がかかっても必ず人はまた前のような社会を作れるでしょう。だからもう少しの辛抱だと思います。でも新しい社会は僕たちを認める社会として再生してほしいです。


 語られる思いに、年齢はあまり関係ない。みんな等しく、胸を痛め、徹底的に考え抜いていることがひしひしと伝わってきた。

2011年5月16日 07時13分 | 記事へ |
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