ニックネーム:柴田保之
性別:男
年齢:56歳
障害の重い子どもとの関わりあいと障害者青年学級のスタッフとしての活動を行っています。連絡先は yshibata@kokugakuin.ac.jp です。

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2008年07月22日(火)
当事者の存在の重さ
 ある学習グループで、実践を報告し合う会を持った。今回はそこにスペシャルゲストとして43歳の重度の身体障害を持つ男性が参加した。男性は、かつて、私たちの仲間のH先生が、新任の時に担任した。養護学校義務制の実施によって初めて中学生になった彼は、見た目の障害の重さにもかかわらず、文字を知っていた。NHKの教育テレビを見て覚えたという。当時かなタイプをがんばっていたという彼は、現在、トーキングエイドを使って話をする。彼は、手を使うためには、首をそらさなければならないため、手元を見ながらうつことができないので、手探りでキーを選んでいく。
 このトーキングエイドは、卒業後彼が通うようになった作業所の職員と、大阪の集会に出かけていって見つけ、使うようになったものとのことで、この機械によって、自分が生きていてよかったと感じられるようになったと語られた。彼が作業所で取り組んだことは、武勇伝がたくさんあるようで、病院の一角を借りて古本屋を営業してきたことや、シドニーのパラリンピックを見にいくためにわかめ販売をして、その収益金でオーストラリアに行けたということなど、話はつきなかった。
 その彼の話にとても悲しいことがあった。彼よりもさらに障害の重い昔の仲間が、入所している施設から一時的に帰宅した際に、彼に会いたがってるというので訪問したところ、言葉の表現手段がないとされる仲間が、彼のトーキングエイドによる問いかけに対して、わずかに動く手を動かして意志を伝えてきたというのだ。その内容は、自分の施設できちんと薬を飲ませてもらえていないということとそのために自分の健康状態は非常に悪く、もう死んでしまうかもしれないというものだったという。そして、悲しいことに、半年後その仲間は亡くなったというのだ。H先生は実際に亡くなった彼のことも知っていて、信じられないような話に、大変ショックを受けておられた。信じられないような悲しい話である。
 また、そのコミュニケーションの方法についても、いったい具体的にどうやってそんなに重い障害をかかえたお二人が、言葉を通じ合わせられたのか、イメージができなかった。もちろんそれは信じられないということでは、まったくない。私たちがイメージできないのは、私たちが、そういうかすかな動きに対する感受性を磨いていないからである。しかし、あらゆる専門家がかかわってもなしえなかったことを、自ら大変な障害を持つ彼が、成し遂げたのだ。それは、一方で驚異であるけれども、やはり、当事者同士にしかわからないことがあるということなのだ。私たちは、そこから、多くを学ぶべきであることはまちがいない。
 私は、彼の前で、彼の後輩たちの言葉を報告した。いつもなら長々と説明をするが、この日は、「朗読」に徹した。伝えなければならないのは、私がどう関わったかなどではなく、後輩たちの言葉そのものだと思ったからだ。
 彼は、とりわけ、私との27年間のおつきあいの末に、34歳になって言葉を綴った男性の言葉のところで全身で共感を表明しておられたように感じられた。
 会場には、高校生の女子学生もいた。彼女は、両手の介助を受けてパソコンで語る少女である。彼女がパソコンで語れる準備がなかったのでその場で感想を求めることはできなかったが、たくさんのことを感じ取ったようだった。
 ふと、言葉を持っていながら理解されていないという私の周りで起こっている状況も、結局は、当事者が切り開いていくものだという思いがよぎった。
 

2008年7月22日 21時21分 | 記事へ | コメント(1) | トラックバック(0) |
| 自主G埼玉1 |
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当事者が切り開いていくところにどのようにかかわれていくのか…手探りがつづきます。文章には当事者が切り開いてきた部分を書かなければいけませんね。
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