ニックネーム:柴田保之
性別:男
年齢:56歳
障害の重い子どもとの関わりあいと障害者青年学級のスタッフとしての活動を行っています。連絡先は yshibata@kokugakuin.ac.jp です。

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2011年12月12日(月)
大越桂さんのこと
 仙台で研究会が開かれた合間の時間に、大越桂さんのお宅を訪問させていただいた。大越桂さんのことを初めて知ったのは、2008年の秋のこと、私が初めて東田直樹さんの姿に接した講演会で、大越さんはビデオで出演しておられた。そして、それから半年後、大越さんの著書『きもちのこえ』が出版され、大越さんの生い立ちや筆談にいたるプロセスをつぶさに知ることになった。本を読んで、あまりの感動にすぐさま感想のメールを送って、返信をすぐにいただいたが、なかなかお会いするチャンスはめぐってこなかった。
 その間にも、ドキュメンタリーの出演など、大越さんの積極的な社会への働きかけの姿には、励まされてきた。
 そして、今年の3月、東日本大震災が起こった。大越さんのお宅もいろいろ被害があったようだが、幸い、ご家族もご自宅も無事だったとのことだったが、たいへんな不自由をしいられる日々だったとのことだった。
 そんなある日彼女のブログに大震災の詩が掲載され、そのうちにそれは合唱曲として、すばらしい作品になっていた。
 野田首相が所信表明演説で紹介していたのは、この合唱の歌詞だった。
 こんなふうにして、一歩ずつ確実に障害の大変重い人たちの心の世界を世の中に認めさせるための仕事をされてきた大越さんにお会いするので、たいへん緊張しながらの訪問だった。
 それなのに、お昼に、よせばいいのに研究会に一緒に参加した東京の先生とビールを飲んでしまっていたので、いささかあせりながら桂さんのベッドサイドに向かった。最初のごあいさつを交わして、桂さんからさっそく、「先生お酒くさいですね」と言われてしまった。やっぱりばれたか…という思いと、その言葉にむしろ、たいへん親しみを覚えて、そこから一気に話に花が開くことになった。大越さんのブログでは、光栄にも「心のバリア、ゼロ!昔からの友人モードでした〜」とご紹介していただいたのだが、最初にそういう私を引き出したのは、桂さんの心の広さだったといっても過言ではない。
 お父さんやお母さん、そして弟さんともたくさんお話をさせていただいたた。当たり前のことだが、語り尽くせないドラマがあって、今のご家族の姿がある。そのドラマのいったんを肌で感じさせていただいた。
 おいとまする時に、「本当は作家の偉い先生にお会いするという感じで緊張して来たんですよ」という私のセリフに、「詩人といってほしかったわ」と楽しく返された。
 私は桂さんとは、30歳以上も離れているけれど、力強い仲間を得たという気持でいっぱいでお宅を後にした。

2011年12月12日 00時13分 | 記事へ |
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