「くうきのようなかるさ」のスイッチ
盲学校に通う○○君は、弱視と肢体不自由が重複したお子さんだ。ゆっくりと一音ずつ確かめるようにしゃべる○○君は、必要最小限のコミュニケーションは声でとれ、また、大きな文字なら読むこともできる。その彼の言語表現を助けるために、いいソフトはないかと尋ねられ、2スイッチワープロとスイッチ接続用のマウスを差し上げた。スイッチは、他の先生がお持ちになっていたフィルムケースで作ったスイッチを使った。彼は、翌日には、もうしくみを理解し、ゆっくりゆっくりと文字をパソコンに入力することができた。先生のご希望で、いくつかソフトも改良した。それから、国語や自立活動の時間などにパソコンが取り組まれてきた。
そんな彼に、私が直接関わらせてほしいとお願いしたのは、2週間ほど前のことだ。最近自分が身につけてきたスピードで彼と文章を綴ったら、もっといろいろなことを語るのではないかと思ったからである。
それは、さっそく夏休みのある一日に実現した。
自分でていねいにゆっくりと二つのスイッチを押し分けながら操作することは熟知している○○君に、今日は、ちょっと違うやり方でやらせてほしいと言って、前後のスライドスイッチを提示した。引くと押すとで二つのスイッチを操作し分けるわけだが、引く方は力をできるだけぬいて私がカチカチと進めていくので、それに手の動きをゆだねてもらい、選びたいところで、ここだと思うと手に力が入って、スイッチのカチカチという音が止まって、そこを選ぼうとしていることがわかるということを伝えた。一緒に名前を書いてみると、すぐにお互いに要領が飲み込めたので、夏休みについて何か書いてみてと頼むと、
「なつやすみどこかへいきたいのだけどいきたいところがきまらないのでこまっています。」とさっと書いた。そして、次のような文章が綴られた。「しばたせんせいのすいっちください。すいっちがあったらいいとおもいます。ねがいはうちでできるようになることです。くうきのようなかるさです。うれしいです。」
一つ一つの動作をゆっくり行う彼は、それぞれの動作にたくさんの力を入れている。その力がいらずに軽やかに動くので、そんな表現をしたようだ。
はにかみやの彼に、すぐ横におられたお母さんについてどう思っているか書いてくれると頼むと、とてもてれるようにして、「よくめんどうをみてくれてかんしゃしていますつかれがたまったときははゆっくりやすんでくださいね。」と書く。
なかなかすぐには書く内容が決まらないようなので、将来の夢は、と聞くと、「ひとりでくらしていくことができたらいいなとおもいます。くるしいこともあるかもしれないけどいっしょうけんめいがんばればできるとおもいます。まけずにいきていきたいです。しっかりかんがえていこうとおもいます。」と流れるように綴ったあと、「みんなとなかよくしていつまでもともだちでいたいとおもう。くらすのなかまたちです。」と付け加えた。彼のクラスメートは、彼を入れて、3人。幼稚部からずっと一緒に過ごしてきた。
そして、「くなんのひびでしたがのぞみがかなってうれしいです。」続く。「くなん」という難しそうな言葉が、なぜか、よく子どもたちから出てくるが、彼もまた、そうだった。普段の彼からはうかがい知れない心の奥底が一瞬だけ、顔を出したように思えた。いつか自由に言葉を使いたいというのぞみがかなったと読めばいいのだろうか。ふと、まわりに沈黙が流れた。
そこで、横にいた担任の先生についても、どう思うかと聞いてみたところ、「×××せんせいはとてもこころのやさしいひとですこれからもよろしくおねがいします。」と綴り、その時には、もう、ふだんの、やさしい○○君の姿がそこにはあった。
秋になったら、スイッチをもって、また、来なければ、と思った。
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2008年8月3日 01時34分
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