ニックネーム:柴田保之
性別:男
年齢:56歳
障害の重い子どもとの関わりあいと障害者青年学級のスタッフとしての活動を行っています。連絡先は yshibata@kokugakuin.ac.jp です。

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2012年02月15日(水)
津波の歌
 青年学級の学級生のKさんは、すでに両親を亡くし、今、都内のある病院に入院している。彼女は、昨年の5月に開かれた若葉とそよ風のハーモニーコンサートで、津波の詩を仲間に朗読してもらった。
 その当時、彼女は、町田市内の施設に入所していたのだが、その後、体調の変化などから、入院を余儀なくされた。
 もともと、しゃべることも文章を書くこともできた彼女は進行性の障害で、あるときから車いすになり、発話も不可能になった。医学的には言葉も失われたと考えられた。
 そのような状況で母親が亡くなり、当時の状況では、どこか離れた施設にはいらざるをえない状況にあったのだが、若い担当者たちが、アパートで共同生活をしながら、建設予定だった地元の施設ができるまで持ちこたえて、無事、地域の施設に入所を果たした。そして、青年学級には、毎回、スタッフの送迎によって参加していた。
 そんな彼女が豊かな言葉をきちんと持ち続けていたことが明らかになったのが、2008年の夏のこと。それから、パソコンを使った新しいコミュニケーションが開かれてきた。そうした状況にある人が歌を作っているということも、それを伝える手段を共同で考え出したのも、彼女を通してだった。
 2009年のわかそよでは、彼女をモデルにし、彼女の作った歌を劇中に使ってミュージカルが作られた。
 そんな彼女が、昨年の夏、私たちの前から姿を消した。
 そして、そんな彼女の元をスタッフの山之内さんととびたつ会の支援者である松田さんが、先日、訪問してきて、彼女の思いを聞き取ってきた。

 今日はよく来てくれました。なんだか夢のようです。山之内さんはお元気でしたか。私はさびしくすごしています。みんなと会って、また歌をうたったり、笑ったりしたいです。もっと会える時を大切にして過ごしたいです。私の願いは多くの人たちとはなしをして、楽しく充実した時間を過ごすことです。また青年学級にもぜひ参加したいです。
(山之内−神野さんの津波の詩がうたになりましたよ。)
 はい、参加しますから、お願いですからつれて行ってくれませんか。伝えたいことは私の本当の気持ちです。心の中にある気持ちをぶちまけたい気持ちです。理解してくれようとするやさしさは感じていますが、なかなか通じなくてつらいことがあります。とてもうれしいです。来てくれてありがとう。
(もうすぐあの地震から1年ですね。津波の詩を書いていてそれが歌になっていますが、津波と今の神野さんをどのように思っていますか)
 それはとても似ているところもあるかもしれません。地震の被害は津波もあって、とても大きなものでした。私は、わからないほどの大きな被害になんともいえない不安を感じました。私は病院に入院したあと、津波に巻き込まれたように何が何だかわからないまま過ご
してきました。それはそれはとても不安な気持ちでした。あの津波を経験した人たちは忘れない記憶として思いをはせるのでしようが、希望をもって立ち上がろうとしていることでしょう。私はまだ希望を持てずにいますが、きっと希望をみいだして、みんなのところにもどりたいと思います。

(青年学級はもうすぐ成果発表会ですが、ひとこと伝えたいことはありますか)
 成果発表会には参加したいと思っています。

 私の関わっているコースでは、Kさんの詩に曲をつけて、被災地のある施設に送ろうとこの間ビデオ撮影したところだ。歌詞は以下の通りである。

いつも穏やかだった海が突然きばをむいて
理想をすべてうちくだいた
私はわたしの大切な生きる意味を
失いそうになってしまったけれど
人々の立ち上がる姿に勇気づけられた
なぜだろう人は理想をうちくだかれても
再び立ち上がることができる
人間はなぜそんなに強いのか
私もこんな体で自分の気持ちさえ
うまく伝えることもできないけれど
私も勇気をもってまた立ち上がってゆこう
冒険をまた始めよう


 歌は次のURLで聞くことが可能である。

http://douga.zaq.ne.jp/viewvideo.jspx?Movie=48444399/48444399peevee450767.flv


2012年2月15日 23時00分 | 記事へ |
| 青年学級 / 東日本大震災 |