「なぜ平然としていられるのですか」 ある通所施設での出会い その1
ある通所施設で、3人の方の気持ちを聞きました。3人とも、ご自分で歩くことはできるのですが、なかなか気持ちを表現することができない方々です。あなたの気持を聞いてくれる人が今日は来るからというふうに紹介してくださっていました。それぞれ、世間的な言い方をすれば大変なところをお持ちの方らしいのですが、私には、そういう方を全面的に受け入れているこの施設の職員の方々のしなやかな姿勢が何よりも大切なことのように思われました。
私の役割ははっきりしていました。その人の人生をしっかりと受け止めるというもっとも大切で、もっとも困難を伴う仕事をなさっている職員の方々が築き上げた人間と人間のつながりの上に、「通訳」という技術を持った人間が関わらせていただくということでした。私に求められているものは、技術を持っているということからおこりかねないおごりをどう自分に戒めることができるかということでした。
「通訳」は機械ではありませんから、その人との間に人間関係が生まれます。人間関係というのは、ふつうは一定の時間をかけた関わり合いの中で作られていくものです。それが、初対面でいきなり相手の心の重たい部分にふれかねないことをするわけですから、無謀なことかもしれません。そして、私がお会いする方々は、これまで様々な人々と出会う中で、くり返し失望をさせられてきたはずです。
しかし、作為的な振る舞いはすぐに見破られるどころか、相手に対して自分を偽ることにしかなりません。ありのままの自分をさらけ出すしかないわけです。
今回の3人の方との関わり合いは何とか何とかほころびずに進みました。それは、こういうことが背景にあったと思います。
一つは、ふだん接している方々が築いた信頼関係があり、その信頼関係を私にもあてはめようとしてくださったということです。そしてもう一つは、これまで私と関わってくれた人たちが、私に偽らない人間関係のあり方を肌で教えてくれていたからです。出会いは、ただ二人の間に成立しているのではなく、たくさんの人間関係を互いに抱えながら生まれているのです。だから、私は目の前の方を大切にしてきた方々とも出会うのであり、相手は私を通して、私がこれまでつきあってきた方々と出会っていることになると言ってもいいのではないでしょうか。
いささか前置きが長くなりましたが、そうして語られた言葉を以下に紹介させていただきます。
いいスイッチがずっとなかったから探していました。うれしいです。選べて不思議です。よいやり方ですね。さっきなぜ私に言葉がわかると思ったのですか。わかりました。ごんごんうれしいです。(文字は)小さい頃学校の他の子の授業を見て覚えました。
なかなか体がいうことをきいてくれません。気持ちと体がばらばらで誤解されます。そうですね。なぜわかるのですか。そうですね。いい人ほど私の体の動きを尊重してくれたけれどかえって私が子どもに見えたみたいでつらかったですが決してうらんではいません。人間として認めてくれるのはそういう人だから。でもこれでやっとわかってもらえそうです。そうですね。ふつうに話しかけてくれたらうれしいです。
みごとなわざですね。スイッチには秘密はなくて介助に秘密があるのですね。気持ちが高ぶると落ち着かなくなります。(スイッチをスライド式に代えたら拒否したのは)失敗がこわ(かったからです)
はい。時間がないと焦ってしまいましたがまだまだあるのであ(んしんしました)。
疑問があります。なぜそんなに平然としていられるのですか。不思議な先生ですね。不思議です。初めての人はみんな困った顔をするのに全然困っていませんね。不思議な人ですね。みんなとよくつきあっているのですか。
そうですね。言えれば苦労はありませんがなかなか言えなくてもう諦めていましたがこれで何とか未来が開けそうです。
はい。詩を聞いてください。
月の使者から来た手紙 なかなか私に届かない
人間として生きている私なのに 手紙がなかなか届かない
私は今日も夜空に向かって 人間としての願いを捧げる
月は今夜はとても明るい なぜ私の願いは届かないの
理想の流れ星が突然私に向かってささやいた
無難な道を歩むのはもうおやめ 私はあなたに勇気をあげる
月の使者はあなた自身だから
もう待つのはやめて 涙を拭いて歩み始めなさい。
はい。昔からつらいときに読んでいましたがまさか伝えられるとは思いませんでした。理解してくれてありがとうございました。わがままかもしれませんがまたきてください。待っています。今日はどんな人が来るのかとても不安でしたが頑張って(この部屋に)来れてよかったです。ありがとうございました。時間ですね。人間として見てもらえてうれしかったです。また会えたら新しい詩を聞いてください。(題は)泣いて見上げた月です。ごめんなさい。今つけたのでよくありません。
途中、何度も気持ちが高ぶって、歩き始めたり、職員さんの髪をひっぱってしまったりなさったのですが、話の中にあるように、「体がいうことをきいてくれない」ということを、私はいろいろな人からも聞いていましたから、私に伝わってきたのは、それを抑えられないその人の悲しみでした。
また、「なぜ、平然としていられるのですか。」という私への問いかけは、多くの人が彼女を平然とした思いで見ることができなかったというこれまでの人間関係の様子を象徴的に述べたものでした。1時間、パソコンや私の顔を真剣に見つめていらっしゃった彼女は、すてきな一人の若い女性であり、敬意をもって関わることしか私には考えられませんでした。
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2012年7月20日 08時01分
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