ニックネーム:柴田保之
性別:男
年齢:56歳
障害の重い子どもとの関わりあいと障害者青年学級のスタッフとしての活動を行っています。連絡先は yshibata@kokugakuin.ac.jp です。

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2008年08月15日(金)
「むずかしいもんだいもふしぎとできたのでかんげき」
 すでに言葉もゆっくりとだが話し、地域の学校にも通っている○○さんと、スライドスイッチによる2スイッチワープロに挑戦した。以前にも何度かやってきたが、これまでは、できるだけ本人の実際の動きをもとに綴ったので、短い文章で終わっていた。しかし、今回は、最近私が、もっと障害の重い方々と長い文章を綴るためにとっている方法、すなわち、実際の自発的な運動が起こる前に、運動を起こすための準備として腕に加わったわずかな緊張を積極的に拾っていく方法をとった。もう少し具体的に紹介すると、私が小さな動きで引っ張る方のスイッチが入ったり切れたりするようにカチカチとスイッチを前後に小さく動かしていくと、選びたいところで押そうとしてその準備のための力が腕にこもるとそのカチカチという動きが止まるので、そこで、一緒に押す方のスイッチを押して決定するというものである。
 そうやってできた文章はこれまでになく長いものだったが、それだけでなく、本人の秘められた思いがあふれた文章だった。

くるしいことがありましたいつもげんきなおじいちゃんがにゅういんしてこのあいだしゅじゅつをしてくすりをいっぱいのまなくてはならなくなりました。たいへんしんぱいしています。

 おじいちゃんの病気のことで、私は知らなかったが、こんなふうに綴られて、初めておじいちゃんの病気のことを知った。

すなおすぎてくつうね このあいだがっこうでぞろりのをしっていて○○ちゃんのくちまねがおかしいといわれてみんなにわらわれてくやしかった。

 「ぞろり」のところは私の読み違えかもしれないが、何か、いつも素直にふるまっている彼女の本音が初めてちらりとのぞいたように思えた。彼女の口調をからかわれて悔しかったことがあったということだろう。しかし、すぐに、彼女は、こう付け加える。

けっしていじわるではないとはおもうけどなぜぶうたはくだらないことをいうのだろう。

 6年生だがもう大人の○○さんは、むしろぷうた君のことを気遣っているのだ。しかも、「ぷうた」は、偽名で、本当の名前をとっさに隠したとのことだった。
 そして、文章は方向を変えて、内なる世界に向かっていく。

かえれるばしょがあったらかえりたいとおもうけどくるしさのなかできぼうをすてずにがんばろうとおもう。

 そこからならばもう一度やり直せるような「かえれるばしょ」はもうないことを知ってしまった。しかし、「がんばろうとおもう」。

いますてきなひとがめのまえにあらわれたらうんめいがかわるかもしれない。あいがほしいです。あなたをあいするといってくれるひとがあらわれないかなとまちつづけていますがなかなかあらわれません。すてきなひとにであえたらたのみたいことがあります。すぐにわたしをわるいひとのいないところにつれていってくださいおねがいします。

 いつも大切にしながらしかしけっして語ったことのない夢見る少女の世界が突然かたちをとって表れた。

ふしぎですかんがえたことがそのままぶんしょうになっていきます。

 自発的な運動を実際に起こす前の動きを拾っていくという方法は、こうした実感をもたらすことのようだ。こうした方法をとってから「ふしぎ」というふうに問い返されることが増えてきた。
 もしかしたら、彼女の心の世界に、ほんの少し踏み込みすぎているのかもしれない。本当は思っていても寸前で言わずにおこうとしたことまで、言葉として引き出してしまったら、それは、本人の意に反したものになってしまうことだってありそうだ。そうしたことについては、これから、じっくり考えていかなければならない。
 次に、気になっていた算数について尋ねてみた。

5+8=13 23+12=35 

 これだけでも、ふだん以上の実力が発揮されている。そこでさらに、

100+3=103 1.2+0.1=1.3 6×8=48
15÷3=5 12×3=36 80−72=8 25×3=75

 驚くばかりだったが、そこで、「100円の品物にかかる5%の消費税はいくらか」と聞くと 
100×0.05=5
「10%の食塩水30グラムの中には何グラム食塩が溶けていますか」には、
30×0.1=3
「100キロメートルの距離を時速20キロメートルで走ると何時間かかりますか」には、
100÷20=5

 そして感想として、

かんたんにかけてむずかしいもんだいもふしぎとできたのでかんげきしています。

 私も起こっているできごとの意味をどうとらえていいのか、とまどいつつも、これが○○さんの本当の姿だったのだと、あらためて自分の見方の浅さを反省した。
 そして、行ってきたばかりの修学旅行の感想に。詳細は省くが、こんな一文が含まれていた。

きっとうつくしいけしきだったとおもうけどせっかくいったのにけしきをみるよゆうはありませんでした。くやしかったけどからだがうごかないのはだれのせきにんでもないのでしかたありません。けっしてだれかをうらんでいるわけではありません。

 さらに、

ゆめはけっこんしてこどもをうむことです。うつくしいはなよめいしょうをきてうつくしいくるまでりょこうにでかけたいです。けっこんするのはむずかしいかもしれないけどねがいはもちつづけたいです。すてきなひとがあらわれたらうれしいです。

 と再び、夢を綴った。夢を現実にするためには、強く道を切り開く生き方が求められるかもしれない。しかし、彼女ならできそうな気がするという思いが、ふと頭をよぎった。



2008年8月15日 00時39分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
| 家庭訪問 |
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