福井での再会
福井で出会った20代後半の女性○○さん。全身を弓なりにそらせていた彼女に最初に出会ったのはもう25年も前だ。まだ学校に上がる前だった。小学校の頃には福井市内の福祉センターを借りて3年くらい一泊の合宿をしたこともある。その後、福井にうかがう際には、場所やかたちを変え、お会いしてきた。しかし今回は3年ほど間が空いていた。彼女とはまだ、ワープロに挑戦したことはなかったが、今年会えるとわかると、今年は彼女の思いを聞いてみたいという思いが強くわき起こった。
そして彼女と再会すると、さっそくパソコンを開いた。使ったスイッチはスライドスイッチ。まず名前を綴ってもらい仕組みを説明した。するとさっそく言葉が綴られていった。
よくいらっしゃいましたうれしいです このすいっちすてきですね ください
てがつかえるとはおもいませんでした このすいっちがあればきもちをつたえることができる
ふしぎです きもちがすらすらことばになっていきます
せんせいはどうしてわたしがことばをりかいしているとわかったのですか
のぞんでもわたしにはむりかとおもってきました
せっかくはなすことができるとわかったのだからいっぱいはなしたい
りそうはともだちといろいろなことをはなしあうことですずっとちいさいときからはなしをしたかったけど えられないことだとおもってきました でもすいっちがあればはなせることがわかってうれしいです
そして、
つかれました
と綴られたので、休憩してまたやりますかと聞くと
はい
と返事がかえってきた。
しばらく休憩したあと、再び文章が綴られていく。
せんせいはしばたというなまえでしたか
くるしかったけどせっかくはなしができたのだからこれからはつよくいきていきたい
ここで、質問をした。ほとんど耳を使って綴っているように見えるのだが、どこまで文ができあがっているかを確認しているようには見えない。それが、まわりには不思議なことと映るので、そのことについて聞いてみた。すると、
かんがえていることだからむずかしいことはありません
とのこと。そこで、さらにいつ字を覚えたのかと尋ねてみた。答えは、
がっこうでほかのともだちがやっているのをみておぼえました
というものだった。ここで、おかあさんにメッセージはないかと促した。そうして以下の文章が綴られた。
おかあさんいつもありがとうございます
からだがうごかないためにいちばんなんでもできるじだいをわたしのことばかりにいそがしくて
じぶんのことはなんにもできず ごめんなさい
(…)
ねがいはみんなとしんじあっていきていくことです
きぼうがわいてきました
これからのじんせいをのぞみをたいせつにいきていきたいとおもいます
くるしいこともあるかもしれないけどわたしのじんせいだからいっしょうけんめいいきていきたいです
てがつかえてとてもうれしいです
すてきなじかんをありがとうございました
あまりにも自然に流れた時間に、私と彼女の間に流れた長い歳月のことを忘れてしまいそうだった。彼女は、きっと明日からでも語りたいと思っているだろう。残念ながら、そこまでの環境を整えることはできていない。それは、大きな大きな課題であるが、いつか絶対に越えていかなければならない。
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2008年8月22日 17時31分
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