このからだでいることをほこりにしたい
「人間としての当然の願い」と書いた○○さんの文章に出てくる◇◇さんの文章を紹介したい。
▽▽さんの死をめぐる、切々とした文章だ。亡くなった▽▽さんは、生前の文章の中で、◇◇さんのことをこう書いていた。「いつもひとりきりで◇◇くんとめであいずやよろこびをつたえあっているだけです。」互いに、豊かな言葉を持っていながら、その言葉ではとうとう語り合うことができなかったが、いつも目と目で語り合っていた二人だった。▽▽さんが亡くなってから彼に会うのは初めてだ。あれから4ヶ月が過ぎたが、思いをずっと胸に秘めていたのだろう。パソコンを開くとあふれ出すように、言葉が綴られていった。
▽▽さんがなくなってとてもさびしいです
かなしくてしかたありません
つらいひびがつずいてなきたいきもちです
どうしてともだちをおいてさきにいってしまったのだろうか
こいしくてたまりません
うちにいてもそのことばかりかんがえています
くるしいときもさびしいときもいつもいっしょだったのにことばでいつかかいわしたいとおもってきたのにもうそれもかないません
このあいだくやしくてはきました
くつうです
▽▽さんがいない×××はさびしいです
どん底の思いが綴られていく。しかし、言葉は、少しずつ、明日に向かおうとその調子を変えていく。
×××につまらないときみんなでつまらなくならないように×××に▽▽さんをよびぼくたちずっとうちひしがれていないようにすごすことができるようにおねがいしたいです
うすいしあわせしかえられなかったかもしれないけどくいのないじんせいだったとおもいたいです
▽▽さんの人生を「悔いのない人生だった」だろうと思い、▽▽さんを失った思いに一つの区切りをつけ、さらに文章は、この悲しみを越えて強く生きる方へと向かう。
くるしいときのことをおもいだすとこんなことでないてばかりはいられないとおもうのでてんごくの▽▽さんにたすけてもらいながらつよくいきることにしたいです
うらやんでばかりはいられないのでこのからだでいることをほこりにしたい
自らの体を誇りにしたいという究極の自己肯定によってこの鎮魂の文章が結ばれたことによって、私もまた救われた思いがした。
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2008年9月26日 15時52分
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