亡くなった友への思い
隔月でうかがっている通所施設で、○○さんに会った。休みのことも多いので、彼と関わり合いを持ったのは実に1年以上も前のことになる。ちょうどその頃、新しい通所施設が開設され、多くの仲間が、そちらに移るということがあった。それまで毎月通っていた私たちも、両方の施設に隔月でうかがうようになった。
あいさつの言葉を書いてくれたあと、すぐに彼が書いたのは、新しい施設に移って、この5月に亡くなってしまった☆☆さんのことだった。二人は、この施設の中でも格段に障害が重く、二人はよく並んで時間を過ごすことも多かった。
げんきでしたかなか
なかあえなかったけどげんきそうであんしんしました
くるしいこともありました
☆☆さんがしんだことです
☆☆さんがしんでからずっとかなしみがきえません
亡くなってもう5ヶ月が経過したけれど、彼の中では、悲しみが消えないのだという。先月うかがった新しい施設の方でもやはり、同じように重い障害をもった方が、同様の言葉を綴っていた。同じ状況にある者同士にしかわからない、深い絆がそこにあったのだろう。そして、さらに言葉は続く。
☆☆さんはことばがわかっていたのにはなせませんでした
なんでもよくわかっていたのにりかいしてもらえませんでした
このすいっちはできるとおもいます
彼女がこちらの施設にいる時には、私たちは、彼女の言葉を聞き取ることができなかった。まったく動かないその手から、力を読み取ることができなかったのだ。彼は、そういう状況を見ていたのだ。彼には、彼女が「なんでもよくわかっていた」のは自明のことだった。それは、自分自身に重ね合わせれば、疑いようのない事実だったことだろう。しかし、残念ながら、現在の常識では、そんなふうに思える人は、ほとんどいない。
そんな中で、彼は、自分と同じように彼女も言葉を語ることができたはずなのに、と無念の思いを綴った。
ここで、すぐに、彼女が新しい施設での関わり合いで文章を綴れたことを伝えた。すると、彼は次のように答えた。
よかったそのことがきけて
とてもうれしい
なくなってしまったことはざんねんですがことばをはなせてほんとうによかった
くよくよせずにぼくもがんばらなくてはいけない
彼女が一言も発することなく逝ってしまったのではないかと痛恨の思いを抱えていた○○さんにとって、彼女が言葉を話せたことはせめてもの慰めだった。ずっと言葉を話せずにいることや言葉を本当はすべて理解できていることを知られずにいる苦しみは、彼らにしかわからないものだろう。そんなぎりぎりの場所から発せられた言葉だった。
この後、彼は私の読み取りが以前よりも非常に速くなったことをめぐって次のように語った。
すいっちがなぜすいすいことばをしらせてくれるのかふしぎです
(ちゃんと読み取りはまちがってないですか?
)
かけています
うれしいです
このすいっちがほしいです
てがつかえるとすばらしいです
このことをかあさんにもしってもらいたい
かあさんにしらせてもらってとうさんにもしってもらいたい
りかいしてもらえてとてもうれしい
のぞみがかなってうれしい
「おかあさんにおしえたい ぼくがすきだということ めんどうみてくれてかんしゃしています。」という言葉を書いて、部屋中に響き渡る大きな喜びの叫び声をあげたのが、3年前の12月。
「かあさんにいいたい ちゃんとしたありがとうはいえないけどいきてることにかんしゃしています。あいしてくれてありがとう ぼくこどものころからだいすきだったかあさんのこと。かあさんいつまでもともにいつまでもささえあいがんばってりかいしていこう。あしたがあればしんぱいはいらないとおもう」と書いたのが昨年の6月。
彼の心は、いつも家族への思いであふれている。
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2008年10月4日 08時53分
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