盲聾の少女と
都内の研究所で盲聾の○○さんと関わった。担当の先生が所用で来れなかったので代役としてである。学校では、小学校からずっと彼女の学習を担当してきた先生の努力で、すでに2けたの数の足し算の筆算までこなしている。しかし、ここのところ研究所での学習はなかなかうまくいかない。そんな彼女と何を学習するのか。彼女の教育のプロセスは、日本の盲聾教育の未来に深く関わると勝手に考えて毎回横で見ていることにしているので、それなりに、試してみたいことはあった。
最近の様子から思っていたことは、単語の整理である。指文字や点字を自由に読めるようになった彼女には、これからどんどん単語を増やしていく必要があるが、そのためには、日常生活の流れの中での指文字による単語の受信だけでは限界がある。やはり、あらためて、単語間の関係がカテゴリーなどによって整理された状態で、学ばれる必要があるだろう。
彼女と学習するのは12月以来のこととなる。12月には、「あなたの名前は何ですか」と大胆に質問したら、リベットの点字できちんと名前を書くということがあった。ようやく発信が生まれ始めた頃で、この質問に彼女が答えられるかどうか、賭けではあったが、子どもはつねに私たちの想定を超えた力を持っているということをいやというほど思い知らされている私は、ある無謀とも言える信頼を持っていた。密かに、これはヘレンケラーの「WARTER」のエピソードにすら匹敵するものだと思って、その瞬間に立ち会えたことを喜びとともに感謝した。それからもうすぐ一年になる。
6年生だった彼女は様々な葛藤を克服して中学部にあがった。そして、ようやく落ち着いてきた頃に、突然母親の入院という事態にも直面し、しかし、周囲の心配をよそに、立派に留守番をなしとげた。退院した母の顔をずっと笑顔でなでまわしていたという美しいエピソードとともに。
そうやって着実に進歩している彼女に、簡単すぎるかもしれないが、次のような点字を準備した。
あたま・かみのけ・まゆげ・め・はな・ほほ・はな・みみ・くち・は・した・あご・くび
て・かた・うで・ひじ・てくび・てのひら・ゆび・つめ
おやゆび・ひとさしゆび・なかゆび・くすりゆび・こゆび
体の部分の名前である。このうち大半はすでに彼女は日常生活の中で学校の先生が送り続けた指文字を通して知っているだろう。しかし、これをあえて、いささか細部にこだわりながら並べてみることで、物の名前を生活の文脈から切り離し、いささか対象化したかたちで並べることで、カテゴリー的な名前の把握へと発展する足がかりとしたいと考えたのである。
実際に取り組んでみると、実に彼女は集中していた。左手で私の指文字を受け点字をさわり、さらに、私の体の対応する部位をさわるということを、どんどん続けていく。それを続けていると、部位によってさわり方を区別していることがわかる。耳は耳たぶをはじくように、まゆげはこするようになど、触覚的に身体部位を区別するということの意味がよく伝わってきた。
そして、彼女が非常に喜んだのは、歯と舌だった。私の歯や舌をさわると、にやっとして、手をひっこめすかさず手をずぼんでさっとふく。そんな風にしながら、頭部の部位や腕の部位を確かめていった。
「しばたのみみ」「○○のみみ」といった所有の言い方などにも発展させた。今までになく、私は自分の名前を彼女に発信したことになる。
残念ながら、彼女自身は、発信をする右手を、いっさい動かさない。数の学習では、どんどん発信されてくる右手は、今日は不動の右手だった。おそらく、名前を受信することに集中していたのだろう。
あっという間に、時間が過ぎていった。
こうしたことの積み重ねがいつか彼女の中に豊かな言葉の世界をかたちづくっていくことを願う。
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2008年10月26日 21時46分
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