「あなにいた」 Tさんが穴から抜け出した日
青年学級で、また、言葉を秘めていた方の存在が明らかになった。これまでの車いすの方々とはちがい、自分で歩く方だ。そして、言葉は、「おにいちゃん」「おねえちゃん」「おっちゃん」といった限られた単語を発声する人としてみんなに知られた方だ。話し合いでは、自分の意見をいいにくい人とも考えられてきた。その彼を、私たちのコースに訪問させたのは、若いスタッフだった。「Tさんにもパソコンやってみてもらえませんか。何時に行けばいいですか。」と尋ねられ、一瞬、「Tさんに?」と尻込みしそうになったが、若いスタッフの情熱に負けて、「じゃあ1時頃に」と返答した。
ところが、いったんスイッチを手にすると、かれが文字を選べることがすぐにわかった。そして、指さしもできるので、時折、文字を指さしてその文字を読んだりもする。今までの関わってきた多くの方々とは、ひと味違う関わりだった。
最初に綴られた言葉は、こういうものだった。
なぜぼくができるとわかったの
○○○さん(若いスタッフのこと)はどうしてゆってくれたの
びっくりしました
そして、突然次の言葉を綴る。
わかってあなにいたきもち
この時、「あな」と書いたあと、「に」をいったんゆびさして、改めてスイッチで選択するというようなこともあった。目の前のTさんの姿と、この重い言葉が、にわかには一致しがたかったが、目の前で繰り広げられている光景は、まぼろしではなかった。
さらに次の言葉が続く。
このぱそこんほしい
すいっちがほしい
ふしぎですじぶんにもことばがかけることがどうしてわかったの
のぞんでいました
じぶんのきもちをいうことを
字をどうやって覚えたのかという問にはこう答えが返ってきた。
がっこうでおぼえました
ひとりでおぼえました
そして、さらに次のように続く。
しばたさんといっしょになにかやりたい
なにができるかとてもたのしみです
うれしいです
ねがいがかなったことがふしぎです
かんがえたことがすらすらことばになっていきます
いいきぶんです
おかあさんにつたえてください
ぼくがてではなしができたことを
ここで、私は、Tさんに、今までまったくわかってあげなかったことを心からわびた。すると、われわれをまったく責めることもなく、つぎのような答えがかえってきた。達観しているというべきか。
しかたありませんそんなふうにしかみえないですから
そこへ、彼を迎えに女性スタッフが入ってきた。すると次のような言葉が彼女に向けて書かれた。
○○○さんきれいですね
けっこんしてください
あまりにもストレートな言葉に、○○○さんも、てれながら、率直に感謝の言葉を返した。
ねがっています
のぞみはすてきなひとといっしょにくらすことです
けっこんしてくれるひとがみつかるまでがんばりたいです
私たちの青年学級では、いつも夢を大切にしてきた。そんな中で、彼の中にもこんな夢が豊かに育まれてきたのである。
よくかけてうれしい
またよろしく
こう書いて、彼は、とても満足そうに自分のコースに戻っていった。
帰りのお迎えに来られたお母さんにさっそくこのことを伝えた。すると、今でも家では、よくひらがなの表を見せているそうで、文字を読めることはご存じだった。当たり前のことだが、私たちよりもはるかに彼の力を把握しておられた。そして、このことを心から喜ばれながら、学校に上がる前からの話を、短い時間だったが、聞かせていただいた。就学前から、単語ではよく話をしていたこと、学校にいってから、指さしですませる傾向が増えたことなどなど。
そんな彼が最近、うまく気持ちが伝えられずに、家で暴れたことの話になった。「穴にいた」彼の中でたまってしまったストレスが、一気に爆発してしまったのかもしえない。これからは、言葉を話すことによって、こうした行き違いもきっと減っていくのではないだろうか。
「もしいらいらするようなことがあったら、どんどん言葉で伝えてください」と彼にお願いしながら、この日はお別れした。
穴にいた彼が、ようやく穴から抜け出したとても記念すべき一日だった。
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2008年11月4日 00時21分
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青年学級 |
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彼は、帰りにも会いましたが、よく彼のそばにいる他の青年が「彼が帰りのつどいでずっとリクエストしていたのに、ずっとTさん全部の歌を歌っていたんだよ。」って聞いて、ごめん気づかなくてマイク持ってくればよかったね、なんて話をしてました。それを聞いて、限られた単語ではなくて、全部歌えるんだぁっと思っていたばかりでした。
いいなぁ。私も彼の気持ちをつづる瞬間に立ち会いたかったなぁ。