ニックネーム:柴田保之
性別:男
年齢:56歳
障害の重い子どもとの関わりあいと障害者青年学級のスタッフとしての活動を行っています。連絡先は yshibata@kokugakuin.ac.jp です。

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2011年05月15日(日)
わかそよの練習の日 大震災について
 両親も亡くなり、施設で暮らすKさんと、わかそよの練習会場で出会った。私が最初に歌を聞き取るやりかたを発見したのは、1昨年のことだった。そして、1昨年のわかそよでは、Kさんの歌をミュージカルの中で歌うこともできた。そのKさんに、パソコンとスイッチを向けてみた。すると、すぐに彼女はこう綴った。

いつも穏やかだった海が突然牙をむいて理想をすべて打ち砕いた。
私は私の大切な生きる意味を失いそうになってしまったけれど
人々の立ち上がる姿に勇気づけられた。
なぜだろう、人は理想を打ち砕かれても再び立ち上がることができる。
人間はなぜそんなに強いのか。
私もこんな体で自分の気持ちさえうまく伝えることもできないけれど
私も勇気を持ってまた立ち上がっていこう。
冒険をまた始めよう。


 この詩を綴っている間、Nさんが私のすぐ後ろで私たちを見守っていた。そして、綴り終えると、私の服をひっぱった。話を伝えやすくするためにあえて記すが、Tさんは、発話の困難なダウン症の方だ。いつももの静かな彼が、これだけ積極的に何かを伝えてくるのは言いたいことがある時だ。そして、彼は、一篇の詩を綴った。

津波よ
なぜおまえはすべてを奪っていったのか
忘れられないのは
悲しみに泣き叫ぶ人の声
忘れられないのは
子どもを亡くした母さんの泣き声
なぜおまえはそんなに残酷なのか
わずかの希望は
どんな苦しみの中からでも人は立ち上がるということ
もしぼくにも力があったら
どんなことでもしてあげたい
もしぼくに声が出せたなら
理想を声高く叫びたい
ぼくの障害も
津波のようになんでかという理由はわからないものだけど
ぼくも立ち上がろう
津波に負けない人間として


 KさんとNさんの言葉は、わかそよのステージで、朗読の得意な仲間によって読み上げられる。
2011年5月15日 07時08分 | 記事へ |
| 青年学級 / 東日本大震災 |
にんじんの詩
 Tさんが施設入所して10年ほどなるだろうか。ずっと障がい者青年学級の一員だったTさんは、言葉をすべて理解していることをまったく誰も気づくことはなかったけれど、仲間の間を体を左右に揺らしながらゆっくりとふわふわ漂うように歩きながら、存在感を示していた。そのTさんのもとを、とびたつ会の松田さんがスイッチとパソコンをかかえて訪問するようになり、徐々に言葉が紡ぎ出されてきた。
 そのTさんが、わかそよの練習に参加した。私は、みんなが歌っているのを聞きながら、お母さんが見守る中、Tさんの言葉を聞き取っていった。

 こんにちわ。久しぶりですね。残念ながら私は××(福祉施設)に入ってしまい青年学級は行けなくなりましたがなんと松田さんが来てくれてまるで魔法のように私の気持ちを聞いてくれてろうそくの灯がともりました。夢みたいです。
 母さん私をいつも大事にしてくれてありがとうございます。なるべく私を家に連れて帰ってください。できる範囲でいいです。なるべく家に帰りたいと言ったのはみんなの顔が見たいからです。帰るとみんなに会えそうな気がしてわくわくします。


 何かTさんに尋ねたいことはないかとお母さんにうかがったところ、「お父さんのお葬式のあと、7キロもやせてしまったのはなぜだったの?」とお尋ねになった。数年前、Tさんのお父さんが亡くなられた時、施設で食事がとれなくなって、やせてしまったということがあったらしい。その答えはあまりにも当然すぎるものだった。

 とても悲しかったから食べられなくなりました。私はお父さんが大好きでしたから。

 そして、かつての仲間の歌声を聞きながらこう綴った。 

 わかそよに出ていた頃が懐かしいです。また出たいです。

 ここで、私は、もし詩を作っていたら聞かせてほしいとお願いした。すると「にんじん」という題の詩があるという。にんじんが詩のテーマになったことは今までなかった。しかし、地中に伸びるにんじんのイメージが浮かんだ時、おぼろげながらその言わんとするところが伝わり、どきっとさせられた。次のような深い深い詩だった。


  にんじん

空高く
理想をいつかかなえようとしながら
ずっと地中に根を伸ばしているにんじん
どこまでのびても地中を出ることはないけれど
にんじんは知っている
ほんとうのドラマを
空には届かないけれど
にんじんは知っている
ほんとうの苦しみを
にんじんに夢を託し
私は生きている
にんじんのように
地中深く根を生やしながら


 誰も知らない地中の深くで根をはやしているにんじんの姿はTさんそのものだった。
 まだ、私たちは、Tさんの本当の姿を施設の職員の方々などに伝えるすべを持っていない。あまりにも唐突なことになってしまうからだ。にんじんは、もちろん地上に茎を伸ばし、細かい葉をつけ、花も咲かせる。少しでも早く、Tさんのにんじんに花を咲かせたい。 
2011年5月15日 00時27分 | 記事へ |
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