ニックネーム:柴田保之
性別:男
年齢:56歳
障害の重い子どもとの関わりあいと障害者青年学級のスタッフとしての活動を行っています。連絡先は yshibata@kokugakuin.ac.jp です。

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2008年10月21日(火)
てをつかえないきもちがわかってもらいたかった
 都内の特別支援学校にうかがった。午前中だけの短い日程だが、3人のお子さんとゆっくり関わることができた。ここでは、その中の一人の中学生の女の子について紹介したい。
 この学校では、何人かの子どもたちの秘められた言葉の世界のことが明らかになって、主として手書きの援助によって子どもたちとのコミュニケーションが非常に豊かにとれるようになった。そして、授業は劇的に変化した。夏に、研究会の発表で、えら呼吸の話までする内容になったという話もうかがった。
 そのような中で、先生たちから言葉の可能性を感じるので挑戦してほしいと言われて関わった生徒さんなので、私としてはその先生方の感性に身を委ねるだけでよかった。だから、迷わずワープロに挑んだ。
 そして、お母さんが懸命に見守られる中で、すぐに文章が綴られ始めた。

おかあさんいつもありがとう
しあわせです
○○○のことをいつもかわいがってくれてかんしゃしています
これからもよろしくおねがいします
よろこびでむねがいっぱいです
てがつかえてうれしい
ねがっていました じぶんではなしができるようになることを
このすいっちすてきですね
すらすらとかける
ふしぎです きもちのとおりにじがかけていくので

 ここで、どうして文字がわかるのと尋ねてみた。すると、

ちいさいときにかあさんがおしえてくれました

と答えが返ってきた。
 彼女のこういう言葉を見ながら涙ぐんでおられたお母さんが幼少期のことを話された。話し始めて1ヶ月の間、よくしゃべっていたのだが、その時期におふろで50音表を見せていたというのである。そして、突然、彼女は話すことができなくなってしまい、表を見せるのもいつかやんでしまったそうだ。短いやりとりだったがそこにはお母さんのかつての無念の思いがにじんでいた。

ことばがなかなかはなせなくなってからとまどっていましたけれどずっとじのべんきょうはしてきたのでこのぐらいはかんたんです

 いったん覚えてしまえば、日々、文字の学習は続く。なぜなら日本にいる限り、周りに文字はあふれているのだから。だから「これぐらいはかんたん」なのだそうだ。おそらく、障害者用に開発された様々な機器やソフトの存在も知っていたのだろう。スイッチに関する「すてき」という指摘も、いろいろなスイッチを経験してきたことが背景にありそうだ。
 さらに、

それにせんせいがたのしくてほんとうにおもしろいです

という言葉が付け加えられた。これは、私がいつも、相手に対して、あなたが言葉を理解していることを私はわかっているつもりだということを伝えるために、いろいろなことを直接語りかけていること、そして、それが普通たわいもない冗談のかたちをとることが多いから、述べられたものだろう。こんなふうに言われると、子どものようにうれしくなってしまう。

てをつかえないきもちがわかってもらいたかったけどわかってもらえてうれしいです

 これがこの日の最後の文だが、6文字目から8文字目までの3文字は、お母さんにスイッチの援助を代わってもらって書けたものである。初めての援助で、わからないことだらけだったのだろうけど、見事に読み取ることがおできになっていた。しかも、選択の際に、彼女と表情でもやりとりしておられたので確実さはいっそう増した。懸命に取り組まれる姿に、想像とはいえ、言葉を失ってからこれまでの日のお母さんの思いがおのずと重なり合ってきて、深く胸をうたれた。
2008年10月21日 13時10分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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3人の成人の方と
 妻が参加している埼玉県内のグループがある。私はいつもスケジュールがあわず、うかがえないのだが、今回はたまたま参加でき、3人の方に関わった。

 最初の方は、24歳の女性だった。このグループ自体への参加がまだ日が浅く、2スイッチワープロに挑戦するのは初めてとのことだったが、思いほか、スムーズに言葉が綴られていった。
 まず自分の名前を練習として書き、スイッチのことに触れたあと、さっそく気持ちが表現され始めた。母への感謝の思い、なかなか理解されなかったこれまでの日々のこと、しかし、今が幸せであることが語られた。
 これまでの、いろいろな方々の言葉と通じ合う内容も多く、この言葉を24年間の沈黙の末に綴ったことの重みをうまく伝えるのは、むずかしいかもしれない。しかし、息を詰めたような時間の流れの中で、ただただ驚いて見守るお母さんを前に、懸命に思いを伝えることの重さは、一言では言い表せないものがある。

すいっちがかるくてやりやすい
おかあさんさんざんめいわくかけてごめんなさい
なかなかいえずにいたけどやっといえた
かみさまくるしかったけどこれでねんがんがかないましてうれしいです
りそうはふたんをかけないでいきていくことです
しんじてくださってありがとうございます
さんざんごかいされてきましたがやっとわかってもらえてほっとしていますおかあさんいままでほんとうにありがとうございました
そのことばをずっといいたかった
うまれてくることができてほんとうによかったです
どんなにからだをつかうことができなくてもほんとうにしあわせです
ねがいはみんながずっとなかよくくらすことです
ありがとうございました
またよろしくおねがいします

 二人目の方は、20代の小柄な男性だ。以前一度会ったことがある。茶目っ気あふれる方なので、まだ、少年のようでもあるが、大人としての文章が綴られた。すでに何度も2スイッチワープロには挑戦しているが、なかなかスイッチの介助がむずかしく、長い文章にならないとのことだったが、今回は、長い文章を綴ることができた。
 最初は、まずあいさつから始まり、いつもとは違うスイッチの介助の方法に話題が及んだ。

ひさしぶりです
なんねんぶりでしょう
たいけんしたことのないかんかくです
とてもかのうせいをかんじます
どうやっているのですか
おしえてくださいなぜわかるのですかふしぎです
おもっただけでじになっていきます

 ここで、ふだん仕事をしているお母さんから、仕事で忙しくて関われないことについてどう思っているのかという質問があった。それに対して彼はこう答えた。

しかたないとおもっています
だってしごとなんだからどうしようもないでしょう
かあさんのためにはそのほうがいいとおもいます
きっといつもきにかけてくれているのはわかってるからぼくはだいじょうぶです
とうさんもそうだとおもいます
しんじているのだからだいじょうぶです

 この後、ご両親の仕事の内容にふれながら

とうさんがなまえがゆうめいになればぼくもうれしい
せかいいちになってほしい
 
と述べた。
 おかあさんは、きっと翌日から安心して仕事に向かわれたことだろう。
 
 時間が思わず経過して、もう一人の方と関わる時間がわずかになってしまったが、チャレンジした。30を過ぎたばかりの男性だが、相手の心を洗うような笑顔をもった方だ。「線路は続くよどこまでも」の歌が好きで、以前彼のためにその歌が流れるソフトを作ったこともある方だ。「テープ」という言葉で、歌をリクエストした。それを聞いたあと、2スイッチワープロに挑戦した。

うたすき
おかあさんすき
かけてうれしい

という言葉が綴られた。彼の場合、今、言葉として発せられている単語と、選ばれている言葉との対応が、私たちにはわかりにくいところがある。だから、まるで私たちが勝手に文字を選択しているようでもある。だが、「ん」を選ぶとき、確かに彼は、「ん」と発声した。発声とワープロの選択の表面的なずれは、別の方でも起こっていることだ。文字の選択が進む事の中で、いつか、この意味も明らかにされていくことだろう。
2008年10月21日 09時26分 | 記事へ | コメント(0) | トラックバック(0) |
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