手のひらの下に添えた手に伝わってくる力と口元の合図と心拍数とを手がかりにすすむ☆☆さんとの関わり合いだが、今回は、いつも使う右手に点滴の針が刺さっている。4日前にあった一年に一度の医師を同伴したスクーリングの後にちょっと熱が出てしまったかららしい。病棟を出た☆☆さんに、深まった秋の風はどんなふうに感じられただろうか。
右手が使えないので、初めて左手で挑戦してみることにした。そして、1時間をかけて綴られた言葉は、
せわばかりかけ わるい
だった。ずっと言葉を表現できた喜びなど、自分のことを綴ってきた☆☆さんだったが、今回は、お母さんに向けられた言葉だった。
綴り終わると、「そんなことないよ」とほおを両手ではさむようにして、お母さんはほほえみかけた。
お母さんは、最近、長編の小説を読んであげているとのこと。枕元には、『千と千尋の神隠し』のもとになった『霧のむこうのふしぎな街』という本がおいてあった。
☆☆さんと関わり初めたのが今年の1月。もうじき1年を迎える。言葉の世界の存在が少しずつ明らかになることで、生まれた彼女の世界の変化と言えるだろう。お母さんの声を通して語りかけられる物語は、どんなイメージの世界を彼女の中に作り上げているのだろうか。
となりののベッドの○○君は、今日は、「ぷれすて」という言葉を書くのに手こずった。
最初「あじすきをほしい」と綴ったように見えたのだが、最初、まだ、スイッチを押す口の動きが安定していなくて、あくびや唾液を飲む動作などが、まだ、いろいろと混ざってうまく読み取れない中で選ばれたものだった。そこで、もう一度、なにをほしいのか、書いてみてというと、「ぷう」と書いてサ行で困っていた。そこで、「プーさん」のことかと聞くと、口元の動きは違うと返してくる。そこであらためて書き直してもらうと「ぷれ」と書いて、今度はア行を選択して困っていたので、もう一度ア行から戻ってやってもらうと「ぷれすて」と書くことができた。主治医の先生が途中で見えて、そう言えば昨日か一昨日、お母さんとプレイステーションの話、してたねとおっしゃる。
それでは、「ぷれすてをほしい」でいいのと尋ねると、返事がさっとは返ってこない。いろいろ聞いていると、どうやら、プレステのことについていろいろ教えて欲しいということだったようである。
私はプレステは、触ったことがないが、横におられた訪問学級の担任の男の先生は、詳しいとのこと。授業中プレステの話は…とおっしゃりながらも、きっと次の授業は、プレステの話に花が咲くにちがいない。
中学2年生の☆☆さんと小学生2年生の○○君。それぞれの、それぞれらしい言葉を聞けてほっとして窓の外を見ると、外はもうすっかり真っ暗になっていた。
今度おじゃまするのは12月。もう季節は冬になっている。
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2008年11月4日 23時37分
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小児科病棟 |
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☆☆さんは、この日で3度目だが、今回は、学校でなかなかわかってもらえないことの悩みから始まった。綴っている途中、手に力が入ったりして、手をもたれるこの方法自体がいやになったかのような印象さえしたので、聞いてみたら、
きもちがおさまらない
じぶんでできるといいけどてがうまくうごかないのでこのやりかたがいいです
と返事をくれた。
このあと、少しやりとりがあって、次のような文章が綴られた。
すばらしいですはなしができるということは
そんなことをかんがえているとなやみばかりかいているのがつまらなくなってきます
そして、話はがらりと変わって、スイスに行くという話になった。
たのしいことはこんどもういちどすいすにいくことです
ふだんはいけないのでとてもたのしみです
いいきぶんです
すいすのことをかんがえるとわくわくします
ことしのふゆはなんだかまちどおしくなってきました
すいすではすぐれたおんがくをききたいです
すばらしいえもみたいです
私はてっきりスイスに行く予定があるのだと思っていたら、お母さんが、そういう予定にはなっていないけど行きたいのと声をかけると、
いってみたいです
すいすではあるぷすのやまをみたいです
まっしろなゆきばかりのけしきがとてもそらのあおさをひきたててにあっているでしょうこのわたしに
かんがえておいてね
にほんにもいいところがあったらおしえてください
と、行きたいという思いとともに、とても美しい表現が綴られた。そこで、私は、詩みたいだけど、詩を作ったことはありますかと尋ねた。すると、「あります」と返事が返ってきて、一気に、一編の詩が書かれた。以下の通りだ。
たびだち
うつくしくひろがるこのせかいにわたしはうまれてきた
なにひとつかわることのないからだでうまれ
ことばもたずさえて
しかしそのことはだれにもしられずにきた
なやみもくるしみもすべてひめたまま
このせかいでいきてきた
そんなわたしがことばをもった
こころいっぱいひらき
たびだとう
言葉が表現できるようになったことをめぐる詩だが、言葉で表現できることを知られずに生きてきたことをめぐる切々たる思いが表現されている。こんな深い魂の世界が、ずっと誰にも明かされることなく秘められたというあまりにも重たい事実を、すばらしい言葉で語っていた。新しい彼女の旅立ちに立ち会えていることに、大変厳粛な思いを感じながら、私は、感動で体がうちふるえるのをおさえるのに精一杯だった。
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2008年11月4日 00時28分
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自主G23区3 |
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青年学級で、また、言葉を秘めていた方の存在が明らかになった。これまでの車いすの方々とはちがい、自分で歩く方だ。そして、言葉は、「おにいちゃん」「おねえちゃん」「おっちゃん」といった限られた単語を発声する人としてみんなに知られた方だ。話し合いでは、自分の意見をいいにくい人とも考えられてきた。その彼を、私たちのコースに訪問させたのは、若いスタッフだった。「Tさんにもパソコンやってみてもらえませんか。何時に行けばいいですか。」と尋ねられ、一瞬、「Tさんに?」と尻込みしそうになったが、若いスタッフの情熱に負けて、「じゃあ1時頃に」と返答した。
ところが、いったんスイッチを手にすると、かれが文字を選べることがすぐにわかった。そして、指さしもできるので、時折、文字を指さしてその文字を読んだりもする。今までの関わってきた多くの方々とは、ひと味違う関わりだった。
最初に綴られた言葉は、こういうものだった。
なぜぼくができるとわかったの
○○○さん(若いスタッフのこと)はどうしてゆってくれたの
びっくりしました
そして、突然次の言葉を綴る。
わかってあなにいたきもち
この時、「あな」と書いたあと、「に」をいったんゆびさして、改めてスイッチで選択するというようなこともあった。目の前のTさんの姿と、この重い言葉が、にわかには一致しがたかったが、目の前で繰り広げられている光景は、まぼろしではなかった。
さらに次の言葉が続く。
このぱそこんほしい
すいっちがほしい
ふしぎですじぶんにもことばがかけることがどうしてわかったの
のぞんでいました
じぶんのきもちをいうことを
字をどうやって覚えたのかという問にはこう答えが返ってきた。
がっこうでおぼえました
ひとりでおぼえました
そして、さらに次のように続く。
しばたさんといっしょになにかやりたい
なにができるかとてもたのしみです
うれしいです
ねがいがかなったことがふしぎです
かんがえたことがすらすらことばになっていきます
いいきぶんです
おかあさんにつたえてください
ぼくがてではなしができたことを
ここで、私は、Tさんに、今までまったくわかってあげなかったことを心からわびた。すると、われわれをまったく責めることもなく、つぎのような答えがかえってきた。達観しているというべきか。
しかたありませんそんなふうにしかみえないですから
そこへ、彼を迎えに女性スタッフが入ってきた。すると次のような言葉が彼女に向けて書かれた。
○○○さんきれいですね
けっこんしてください
あまりにもストレートな言葉に、○○○さんも、てれながら、率直に感謝の言葉を返した。
ねがっています
のぞみはすてきなひとといっしょにくらすことです
けっこんしてくれるひとがみつかるまでがんばりたいです
私たちの青年学級では、いつも夢を大切にしてきた。そんな中で、彼の中にもこんな夢が豊かに育まれてきたのである。
よくかけてうれしい
またよろしく
こう書いて、彼は、とても満足そうに自分のコースに戻っていった。
帰りのお迎えに来られたお母さんにさっそくこのことを伝えた。すると、今でも家では、よくひらがなの表を見せているそうで、文字を読めることはご存じだった。当たり前のことだが、私たちよりもはるかに彼の力を把握しておられた。そして、このことを心から喜ばれながら、学校に上がる前からの話を、短い時間だったが、聞かせていただいた。就学前から、単語ではよく話をしていたこと、学校にいってから、指さしですませる傾向が増えたことなどなど。
そんな彼が最近、うまく気持ちが伝えられずに、家で暴れたことの話になった。「穴にいた」彼の中でたまってしまったストレスが、一気に爆発してしまったのかもしえない。これからは、言葉を話すことによって、こうした行き違いもきっと減っていくのではないだろうか。
「もしいらいらするようなことがあったら、どんどん言葉で伝えてください」と彼にお願いしながら、この日はお別れした。
穴にいた彼が、ようやく穴から抜け出したとても記念すべき一日だった。
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2008年11月4日 00時21分
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青年学級 |
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