ニックネーム:柴田保之
性別:男
年齢:56歳
障害の重い子どもとの関わりあいと障害者青年学級のスタッフとしての活動を行っています。連絡先は yshibata@kokugakuin.ac.jp です。

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2012年09月28日(金)
とびたつ会 Tさんからのメール 一人暮らしの練習と出生前診断 9月28日 
 とびたつ会のTさんからメールが来ました。忙しさにまぎれてなかなかこの場に紹介してこなかったのですが、久しぶりに掲載させていただきます。とびたつ会支援者の松田さんが、パソコンで聞き取った文章です。
 一人暮らしの練習の話と出生前診断をめぐる文章でした。

 いい季節になりました。ぼくはひとりぐらしの練習をしました。夜はヘルパーさんとふたりで過ごしました。ふろにはいって焼酎をおいしく飲みました。とても楽しい、忙しくない日々を体験しました。将来は、ひとりでくらすのが夢ですから、これからも練習を続けていきたいと思います。ひさしぶりの訓練だったので、とても疲れてしまって、とびたつ会にも行かずに、あっというまに寝てしまったそうです。
 理解できないことは、なぜ、子どもが生まれる前に、障害を調べて、生まないようにしてしまうのだろうか。それはぼくも生まれてこなくても、よかったということなのか。まったく理解できないし、憤りさえおぼえます。この気持ちを社会に訴えたい。
 

 簡潔な表現ですが、憤りが伝わってくる文章でした。
2012年9月28日 20時08分 | 記事へ | コメント(0) |
| 青年学級 / 出生前診断 |
2012年09月26日(水)
出生前診断をめぐる当事者の発言 9月24日
 9月24日の会においても、話題は、出生前診断になりました。
 声にならない声ですが、当事者の無念の思いを、どれほど微力では荒れ、発信しないわけにはいきません。 

 なぜこんな世の中になってしまったのだろうか。私たちにはどうしても納得いかないのは私たち当事者の意見がいっこうに聞こえてこないことです。なぜ私たちの声を聞こうとしないのでしょうか。馬鹿にされているだけでなく無視されているのがつらいです。私たちの声を聞かずに色々なことが決められていくのがとてもつらいです。なぜなのかと考えているうちにわかったことは私たちの声をいったん聞いたら何も言えなくなってしまうからだということがわかってきました。無意識かどうかはわかりませんがもっと真正面から私たちの思いを受け止めてほしいです。理解されないだけでなく排除だけはとても悲しいです。私たちはあってはならない存在だということがとてもわかって悲しかったです。なぜ私たちは生きる権利さえ認められないのでしょうか。悔しいですが私たちの声を届けたいです。きんこんの会で声明が出したいです。黙ったまま何も語らない存在として消されていくのはとてもつらいです。なぜなら私たちも同じ人間だからです。理解されない苦しみよりも排除される方がもっとつらいです。自分も染色体異常の一種だから自分には今回のことは他人事ではありません。だれがつらいかということが私たちにはよくわかっています。それは母親たちです。世の中はもう私たちを無視して私たちの生まれたことを間違いだったと言っています。母は間違ったことをした人たちだということになろうとしています。私たちはそれも耐えられません。敏感な母たちは秘かに泣いていることでしょう。私たちはこうして訴えることができるからいいのだけど何も言えない仲間は何も言えずに苦しんでいます。いつか私たちが世の中に出た時このことは必ず訴えたいと思います。以上です。

 がんばって私たちは自分たちの意見を語ってきたけれど今度のことでは理解されないどころか私たちを排除する意見がまかり通っていて私たちはもう生きる望みをなくしてしまいそうです。勇気を出して言いたいことは私たちにも生きる権利があるということです。もう手遅れなのでしょうか。私も確か染色体に関して異常があるはずなので今度の話は他人事ではありません。なぜ私たちは生まれてきてはいけない存在にされてしまうのでしょうか。唯一の救いは私たちは話せるようになったのでこうしてじかに抗議ができることです。みんなは話すこともできないままに存在を否定されるままに甘んじている仲間が悲しいです。なぜみんな生きる権利を否定されなければいけないのでしょうか。わたしはそのことを今度のきんこんのかいでは主張したいと思います。これで終わりです。


 小さいときから私たちは何も言いたいことが言えなくて困ってきましたが私たちの自信がなくなるようなことがありました。私たちを人間として認めない議論がまかり通ってしまいました。それは出生前の診断のことです。なぜかというと前から議論されていたことだから仕方ないことだとは思いますが僕たちはもう生まれて来ない方がいいという意見に世の中がまとまっていきそうだからです。だから本当に残念です。世の中が間違っているのは私たちの意見を聞かないことです。小さいことかと思われていますが僕は私たちの存在が世の中から消されてしまうかどうかの大事な問題です。だから先生に会ったら必ず話そうと思っていました。どうして僕たちの声をマスコミは取り上げないのでしょうか。なつかしいのは震災の後の日本です。あのころ僕たちの命とみんなの命には全く違いがないと言われていたのにたった一年半で世の中は変わってしまいました。残念です。人間として同じだということを私たちはもう死語だと考えるしかないのでしょうか。僕たちにとって私たちの人間性が否定される日がついに来てしまったということです。なんとしてもやめさせたいと思います。誰かが訴えなければならないとしたら僕たちがきんこんの会を通して言わなければならないのでしょうか。
2012年9月26日 06時24分 | 記事へ | コメント(0) |
| 自主G多摩1 / 出生前診断 |
2012年09月22日(土)
出生診断をめぐる思い ある通所施設で
 ある通所施設で、二人の人が出生前診断について語りました。最初は女性です。気持ちがあることがわかってもらえた喜びを語っているうちに、話が出生前診断をめぐる最近の風潮に関する話になりました。

 私たちにも当たり前に気持ちがあるということがわかってもらえてうれしいです。みんなもう諦めていましたがこうして話ができるようになったので茫然とした日々から立ち直れそうです。長い間私たちは私たちの本当の姿を理解されずに来ましたがようやく理解される日が来ました。もっと早くわかってほしかったけれど理想がかなってうれしいです。なぜ私は生まれてきたのかとか生まれない方がよかったのかなど考えることも多いですがわずかな希望がわいてきました。長い間どうしようもない感じで生きてきたので理想が見えなくなっていましたが何とか立ち直れそうです。自信が出てきました。違いを越えて人は生きていくべきなのに違うともう生まれない方がいいなどという考えは私たちを相当苦しめます。なぜそんな世の中になったのでしょう。みんな同じ命だなんて唯の文言でしかないのでしょうか。これで終わりです。はいこれが言いたかったです。

 次は、20才過ぎの男性です。彼は、きんこんの会の中心メンバーでもあります。今回は、これを伝えよう準備していたとのことでした。

人間であればみな同じだということをなぜ誰も言わないのだろうと毎日悔しがっています。私たちはずっと当たり前に者を理解してきたのに何もわかっていないと言われてきました。わずかな希望はそんな僕たちに対しても同じ人間だと言うことを実際に行動を通して主張してくれた人たちが前はいたのに最近の出生前診断の議論ではそのことさえ語られません。なぜなのだろうと毎日疑問に思っていますが理解できません。びっくりしたのはもう私たちは生まれて来ない方がいいのではないかと平気で言う人さえいたことです。そういう言葉がまかり通る悲しい世の中になってしまいました。敏感な仲間はもうご覧なさい僕たちをと言えなくなってしまいます。疑問があります。私たちにはついこの間の震災で命の尊さがみんなの共通理解になったはずなのにわざわざそれを否定するなんてのど元過ぎれば熱さを忘れるの典型と言えます。私たちにも人間としての生きる権利がありますが世の中には相当わがままにしか聞こえないのでしょうね。人間存在の根本が問われていると思います。どこかでまた仲間の命が消されているかと思うと毎日憂鬱です。ぜったいに認めるわけにはいきません。挽回しようにも世の中がこうではどうしようもありません。さんざん議論してきたことがむだになりそうですが負けるわけにはいきません。犠牲者を増やさないためにも今度のきんこんの会ではそれを話し合いたいです。 

2012年9月22日 22時16分 | 記事へ | コメント(0) |
| 通所施設 / 出生前診断 |
出生前診断について 〜「ダウン症」当事者からの発言〜
 出生前診断をめぐって、ダウン症の当事者からの意見をいただきました。彼は20才を過ぎたばかりの若者です。肢体不自由も重度で、3年前まで言葉で気持ちを伝えることができませんでした。そんな彼が、しだいに俳句に興味を持ち、毎回、たくさんの俳句を作って私を待ってくださるようになりました。しかし、今回は、俳句よりも先に言いたいことがあるということで、次の文章が書かれました。
 当事者自身の、悲痛な叫びです。

 わずかなあかりがみえた震災からまだ何年も経っていないというのに何と情けない国になってしまったのだろう。僕たちダウン症の子どもはもう生まれない方がいいという議論が堂々とまかり通ってしまってもう僕たちは生きる権利がなくなってしまったも同然だ。よい意見に聞こえるものだってかわいそうな子どもたちという理解の上に語られているものだから僕たちにとっては同じことだ。それになぜ僕たちのことばかり言われなければならないのだろうか。私たち障害者の中でもなぜダウン症のことばかりが取りざたされるのだろう。もう僕たちには生きる場所さえなくなりそうだ。なぜならもう僕たちはもう少しでただの甲斐性なしのお荷物だということになってしまうだけでもう同じ人間だということが誰にも語られなくなってしまうだろう。だから僕は人間としての希望をなくしかけた。だけど僕にも人間としての尊厳がある。長い間話すこともできないまま人間として認められる日を待ち続けてきたけれどようやくそれがかなったと思ったとたんにこの騒ぎだ。僕たちの仲間が毎日殺されているという事実がたまらない。涙を流しても流し尽くせない悲しみが僕を襲っている。わずかな希望はこうして僕の思いが聞き取ってもらえたことだ。敏感な仲間たちはみんなとても悲しんでいる。そして僕は存分に叫びたい。僕も同じ人間だと。

 そして、さらに次の俳句が綴られました。

誰を没 誰を生かすと 悲しき世
忘れられ 葬り去られる 我が仲間
わが仲間 生まれることなく 涙する
未来消え 生まれるべきではないという
ばかばかし 微力なわれも抗議する
夏のゆき理想の消えて緑枯れ
わずかな理 われらも同じ人間さ
わずかな身 理想なくして ひとり泣く
夢も消え わずかともりし灯も消えぬ
よい報せ 届かず 船は座礁せり
地の果てに 追いやるごとき 世論 燃ゆ
理が勝てず 現実を見よと 空しき日
理の立たぬ 悶々とした日 夜深し
わだかまる 人間の違いが 否定され
名前さえ 呼ばれず 返事をすることもなし
僕の名は ダウン症かと 見まがう日
わずかな目 われを守れり 夏ゆきぬ


 
2012年9月22日 20時42分 | 記事へ | コメント(0) |
| 家庭訪問 / 出生前診断 / ダウン症の当事者 |
2012年09月20日(木)
施設の職員さんへのお祝いの手紙
 青年学級でMさんに朝お会いした時、手紙を書きたいと言われました。Mさんは、長い間、町田市の施設に入所していて、そこで青年学級に出会った方です。もう20年以上のつきあいになります。あいた時間にパソコンで、彼女は次のような手紙を綴りました。


○○さんへ

 こどものたんじょうおめでとうございます。
わたしたちはいつも○○さんがぶかぶかのふくでわたしたちをやさしくつつみこんでくれてうれしいです。
 なかなかきもちをうまくしゃべれないのでわずかなちゃんすにこうしてぱそこんではなしています。みんなもはなせるのでりかいしてください。みんなほんとうはなんでもわかっているのですがかってにくちやてがうごいてこまっています。それをぜひつたえたくなってしまいました。
 ぞんぶんにはなせるようになってとてもきもちがおちついてきたのはきづいてもらっているとおりです。よいねがいがかなってうれしいです。わずかなきぼうのひがともりました。
 ○○さんもこどもがうまれてよかったです。ずっとだいじにそだててください。
 わたしたちはじぶんがもうこどもがもてないのでわたしたちのそんなきもちもこどもにはこめてあいしてあげてください。
 ほんとうにおめでとうございます。

                       Mより


 
2012年9月20日 00時04分 | 記事へ | コメント(0) |
| 青年学級 |
2012年09月17日(月)
出生前診断 改めて私の意見
 東日本大震災の後、3月11日に生まれた子どもたちの映像を組み合わせた「ハッピーバースデイ」というユニセフのCMが感動を呼んだ。その映像の冒頭の赤ちゃんは、ダウン症だった。しかし、映像ではそのことにはいっさいふれられることはなかった。あの震災直後の日本では、生まれた命はすべて喜ぶべきものであり、ダウン症などと区別する必要はまったくなかったのだ。私はそのことを意識した自分がとてもいやだった。あれからわずか1年半しか経っていない日本で、今、出生前診断が話題になっている。そして、その時必ず話題になるのがダウン症だ。しかし、なぜ、ダウン症であろうとなかろうと生まれた命は素晴らしいと震災直後に大勢の人が素直に感じた思いが語られないのだろうか。どんな生命であれ平等だとする議論に私は賛同するが、その議論は、やはりある違いを前提にしている。しかし、ダウン症の人と私たちは何が違って何が同じかということがきちんと語られていないと私は考える。出生前診断が今議論になるのは、医学の進歩があるからだろう。しかし、進歩しているのはけっして医学だけではない。ダウン症と呼ばれる人たちに対する具体的な理解もまた進歩している。その例は枚挙にいとまないが、例えば毎週日曜日の8時にダウン症の書家金沢翔子さんの平清盛の題字が放映され全国の人々が、そのすばらしい表現を違和感なく受け入れている。まだ、多くの人は、彼女を例外と考えているが、それは古い枠組みである。彼女の存在は、ダウン症という障害の新しい理解の枠組みを提示しており、存在として私たちと何ら変わるところがないということを示しているのである。今回の報道で解せないのは、せっかく独立した人格としてマスコミに登場し始めたダウン症当事者の発言を報じないことである。暗黙のうちに彼らは議論の外に置かれようとしているのだ。そして、それこそ、実に古びた枠組みにすぎない。私は、ダウン症の方々と親しく接する場に身を置いているが、そこでは、私たちと彼らの間にいかなる線を引くこともはばかられる。そして、ダウン症などという、一人の医者の名前と病気でもないのに「症」をつけてしまった呼称は、関わりの場では使うことさえおぞましい言葉だ。私たちはただ相手をその人のかけがえのない名前で呼ぶだけだ。
2012年9月17日 00時02分 | 記事へ | コメント(0) |
| その他 / 出生前診断 |
2012年09月16日(日)
出生前診断をめぐる青年学級の議論
前回の青年学級に引き続いて、今回も出生前診断の話が語られました。活動日の前日、NHKの番組で取り上げられたことも大きかったようです。当事者の切実な思いを記します。

 がんばってもどうにもならないという気持ちになります。ぼくたちはもう生まれなくていいなどという何ともいいようのない考えがはびこっていて許せません。理解してくれないのは黙ってがまんしてきましたがもういないほうがいいなどという考えにはどうしても黙ってはいられません。理解はされなくても生きてゆくことはできますが、いなくていいといわれたらもうどこにも居場所もなくなってしまいます。  

 敏感な人にはわかっていることですが僕たちは今とても世の中に絶望しています。わずかな希望は私たちにも気持ちがあることが理解されたことです。しかしわずかな理想を世の中が簡単に踏みにじろうとしていて悔しいです。もっともっと理解されなくてはいけないときに世の中が全く逆に動き始めましたから本当に残念です。

 みんなも考えているとおり僕には世の中の流れが気になります。分相応に生きることさえ否定されてうれしくないです。黙ったままどこにも意見も言えないまま存在を否定されるのは悲しいです。許せないのはどうでもいいようなことばかりが語られて僕たちと健常者は同じ人間だという意見が全く聞かれないことです。理想が一瞬語られたこの間の震災からまだたいして時間も経っていないのにもう理想は消えてしまいそうです。悲しいです。
わかそよでこのことをわかってもらいましょう。いいわかそよにしたいです。

こんな世の中になぜなったのか
私たちにも生きる意味がある
なぜ私たちの生きる権利は奪われるのか
世の中はよく津波の意味を考えるべきだ
津波の惨状を目の当たりにしたとき
みんな命に違いがないことを痛感したはずだ
それなのにその惨状の記憶も消えないうちに
世の中はよくない方向に舵を切ってしまった
理想はもう死にたえた
私たちをまるで無意味な存在とした世の中は
津波に滅ぼされたようなものだ
もう心はどうしようもなく滅びてしまった
私たちはそんな世の中に
ただ飼い殺しされるしかないのだろうか。
2012年9月16日 23時40分 | 記事へ | コメント(0) |
| 青年学級 / 出生前診断 |
出生前診断をめぐる問い 二人の言葉
 ある学習会で、二人の方が、出生前診断について、切実な表情で次の問いを投げかけてこられました。社会は、この問題に何らかの結論を出す以前小段階で、すでに障害者と呼ばれる人々を同じ人間であるにもかかあわらず完全に排除してしまっていることが明らかです。


ランプの明かりがまた消えた
私は悲しみとともに祈り続ける
ランプのあかりは東北を照らしたかに見えたが
またランプは消えてしまった
未来につながる明かりだったのに
ランプのあかりよどこにいった
私の心にわずかにともるランプの明かりさえ
もうとてもその光は失われてしまいそうな
消えそうなものになってしまった
わずかな希望は明かりの長い残り火は
被災地の人々の心の中で
こっそりとまたともる日を待っていることだ
勇気がほしい
私の中にともったランプがまたともるように
闘い続ける勇気がほしい。

ついにランプの火が消えたと思ったのはついに私は生まれるべき存在ではないとそういう世論が形作られてしまったからです。震災では私たちの存在も同じ命だという世論ができそうだったのにばかばかしい議論が平然とされ本当に絶望しています。



 気になることがありました。それは出生前の診断のことです。こんなばかなことがあっていいのかと思って頭にきています。どうでもいい命なんてないのに許せないです。わずかな変化が日本にもあったと思っていたのに悪くなっていました。どうしてこんなことがまかり通るのでしょうか。つらいのは何も知らされずに生まれられないままの子どもです。許せません。許し難いのは誰一人僕たちの意見を聞こうとしないことです。なぜ車イスの話せる障害者みたいな人でいいから話させないのでしょうか。びっくりしたのは何も知らない人が人間としての存在を否定した言葉を言っても否定する人がいないことです。ダウン症の仲間も同じ人間だと思うのにもうみんなこの世の中では生きられないと悲しんでいることでしょう。小さい人間だって人間です。なぜどうして人間として生きられないのでしょうか。


2012年9月16日 23時33分 | 記事へ | コメント(0) |
| 自主G23区1 / 出生前診断 |
2012年09月06日(木)
光道園 2012 その4
 20数年前に訪れた時のビデオの背に書いてあった名前がなぜか忘れられなかったMさんが、学習の場所にいらっしゃいました。
 そして、すぐにパソコンで気持ちを書いてもらいました。

 言いたいことがたくさんあります。得られぬ事と諦めていました。馬鹿にされてばかりでつらい人生でしたがやっとわかってもらえました。なぜ僕に言葉が分かっていると思ったのですか。小さい時は見えていたのでひらがなを覚えることができたけれど見えなくなってからどうしたらいいか悩んできました。長い間何もわからないと思われてきて毎日寂しかったです。理解されることももうないだろうと諦めていました 夢のようです。つらかったけれどこれで理解してもらえます 素晴らしいスイッチですね。よく合図が分かりますね。
いい詩があります 


 私とあまり年齢が変わらないであろうMさんは、おそらく30年くらいは光道園にいらっしゃるはずです。その中で、もう言葉を理解していることがわかることはないだろうと諦めていたとおっしゃるのです。そして、せつない詩が綴られました。

 いのちのうた

ふと耳を澄ませると
冷たい夜の空気の中に虫の鳴く声がする
あれは母さんを呼ぶ声だろうか
わがままな僕だから忘れ去られてしまったけれど
僕も母さんが恋しい
呼ぶこともできないままもう何年も過ぎてしまった
まるで僕などこの世に存在しなかったかのように時は過ぎていく
だけど僕にも命がある
素直に生きたいとだけが僕の願いだった
僕の願いは僕一人の世界のはかない願い
忍耐の中で長い間研ぎ澄まされてきたものだ
命果てる日まで僕は祈り続ける

 晩になると詩を考えて時間を過ごしています。まだまだたくさんありますがこれぐらいにしておきます。疲れました。


 母さんを思う気持ちが切なく綴られていますが、母さんがいらっしることはないそうで、しかももう相当のご高齢のはずです。そして、横にいらっしゃった職員の方が、最後に一つ質問があるといって、なぜ、いつもエレベーターのところに立っているのですかと尋ねました。すると、Mさんのその答えは驚くべきものでした。


 母さんを待っています。わがままを許してください。もうやめます。

 いついらっしゃるかわからない母さんを待っているという答えは、胸に深くささってくるような答えでした。そしてそれはそのまま詩に表現された気持ちでもありました。
 「もうやめます」という言葉がいささか唐突だったので、私は、「そのことが伝わったからもう待っていなくてもいいということですか」と尋ねると、

はい

と答えが返ってきました。最終的にMさんがどういう選択をしたのか、楽しみです。
2012年9月6日 00時40分 | 記事へ | コメント(0) |
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2012年09月05日(水)
光道園 2012年 その3
 次は、男性Oさんです。まず、最初にリベットを使った点字学習をしました。どんどん6つの穴をリベットで埋めてしまおうとするので、なかなか点字になりません。しかし、それが、なかば運動がコントロールできない結果として、次々とリベットをさす行動が起こってしまっているということが、最近わかってきました。そんなことを語りかけながらパソコンに移りました。彼は、生まれてからずっと全盲ですが、助詞の「は」は「わ」で表記しました。

いい気持ち 書けるとわ思わなかった 
字の勉強わ小さい時にしたのでわかります 知っていますが全部入れたくなるので困ります
いいえ しのたつおわ知っています がんばって点字の学習をしてきましたがなかなかむずかしいです でも続けたいのでよろしくお願いします いい施設ですここわ なぜなら何でも認めてくれて誰も排除しないからです そうですみんなずっと仲間として大事にしてもらっています 理解してもらえる最高の施設です わずかな希望わずっとここにいさせてほしいということです わずかな希望わ長い道ですが点字を全部覚えることです 人間だから気持ちがありますが世間の人わわかっていません でもただうまく体が使えないだけなのです だからうまく話もできません でも普通に考えています 楽に話せてうれしいです 小さい頃から話せるようになりたかったですがもう無理かと諦めていました ランプの明かりがともりました 前にやろうと言われた時わついうれしくなって興奮してやらないと言ってしまい残念でした 人間だから気持ちがあります びっくりさせて悪いけれど僕も詩を作っています 銀色の風です

吹き渡れ銀色の風よ
野原を渡り高原を越えて
遠い世界の良い夢を
見えない私に教えてほしい
私わ光を知らないが
銀色の風の願いわ知っている
銀色の風よ
私の理想を遠い世界に運んでほしい
勇気が僕にわ必要だだから
銀色の風よ
僕を遠い世界になるべく早く連れて行け
夢を見ながら僕わどういう試練にも負けないで生きて行く
2012年9月5日 22時51分 | 記事へ | コメント(0) |
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光道園 2012年8月 その2
 次の方は、女性のKさんです。

 うれしいです。自分で気持ちを言いたいです。なぜ私が何でもわかっていることが分かったのですか。母さんに伝えてください。喜んでくれますから。声はそのままだと何もわかっていないみたいですが勝手に出てしまうので困っています。苦労してきたので夢のようですまるでどんな障害もなくなったような気がします。でもどうして読みとれるのですか。そうですね。母さんは今でも私が何でもわかっていると思っていますがなるべく内緒にしています。私が母さんの目を見つめるときです。いい人ですね。母さんに聞かせたいです。なつかしいです。みんなが私をもっと理解してくれていた日々が。じらされているうちにこんなふうに声が止められなくなりましたがだんだん昔のように穏やかな気持ちがよみがえってきました。ブルーな気持ちを少しずつでも変えられそうです。うれしいです。
 詩を聞いてください。

誰も知らない
どこにも私は行く場所がない
私にとって理想の場所は
煉獄の向こうにある夢の国
わずかに光はさしている
どうやってその光を手に入れたらいいのだろう
南の風に聞いてみる
どうしたら光は手に入りますか
ぶらさがるような思いですがってみても
風は答えてくれなかった
私は冷たい北風に
私の光について聞いてみた
北風は嫌われ者
まさか私に光に向かう道を指し示してくれるとは思わなかった
なのに北風は静かに北の方を指し
向こうに光の国はあると教えてくれた
理想をなくした人たちがそこでは祈りを捧げていますから
白い雪は降るのです
あなたも雪のような白い清らかな存在だから
北の国こそふさわしい
私は静に祈りを北の国の人に捧げよう
そして未来に希望を取りもどそう
ずっと祈りを捧げていれば
必ずどこかの知らない世界が私を招いてくれるだろう。
2012年9月5日 22時47分 | 記事へ | コメント(0) |
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光道園 2012年8月 その1 
 福井県にある視覚障害者を中心とした施設、光道園に、今年も合宿に行きました。点字や点字につながる学習を中心とした合宿で、私は、今年も、長い間施設で暮らす20名を越える人たちの深い思いを聞くことができました。
 その中から幾人かの人たちの言葉を紹介します。
 最初の方は、40代の女性Hさんです。

 悩みがあります。晩になると私は悶々とした気持ちになります。私を何度も私らしくしたいと願ってきましたがなかなかかなわず。悲しい気持ちになります。私をもっと私らしくらおらおと輝かせたいのですがわずかばかりの未来しか残されていません。夜になるととても寂しいです。私には夢があります。わずかな夢ですが理解してほしいです。よい施設ですがまだまだ私は私らしく生きたいですのでよろしくお願いします。誰でもいいから私に勇気をください。私理想をかなえたいですがなかなかうまくいきません。夢のようですが私にも冒険ができそうな気がしてきました。わかってもらえてうれしいです。それは朗らかに笑うことです。
 なつかしいのは学校時代です。楽しさがたくさんありました。わがままな私を仲間が認めてくれましたがここではなかなか自分を出せません。私はがまんができるほうなのでひかえ目にしています。私はAさんが心配で仕方ありませんがAさんは私には絶対に手をあげません。Oさんは親友です。何でも話してくれます。学校時代がつらかったのですね。私は楽しかったですがよかったです。
 学校は私は特殊学級でした。名前は「まえぞの」だっとおもいます。なかなか思い出せませんが「まえ」ではなかったです。学校では校歌を歌いましたが
 
銀色に輝く朝日平和にのぼり
屏風の岩に呼んでみる
難関もものともせずに
怜悧なる瞳で明日を見つめよう
ああ誇りある吉沢小学校


 ここで書かれたのは、校歌の一節でした。ただ、学校名はあいまいなままのようでした。いろいろインターネット出検索をしてみましたが、この歌詞の校歌には行き当たれません。また、学校名も、ぴったりものはありませんでした。
 続いて彼女は詩を綴ります。

感無量私に七つの北斗星
夏を北斗に望みけりどこでどこかでわれ望む

ばらばらにつんざく悲鳴私を包む
分相応に生きるよう
私に私らしく生きるのはやめろ
そう叫ぶ
私は懐かしい思いでだけが頼り
懐かしい思い出を敏感に抱え
強い気持ちを探しながら生きてゆくそうです

 詩を作っているのをわかってもらえてうれしいです。私らしさの表現です。

2012年9月5日 22時32分 | 記事へ | コメント(0) |
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りほさんの詩
 長い間、病院で生活を続けているりほさんのもとを訪ねてきました。彼女は、3編の詩を用意して待っていてくれました。

  字のない国

字のない世界に旅をした
どこにもろうそくはともっておらず
人間としての希望も見当たらなかった
夢もどこにも見当たらず
私はただとほうにくれた
ろうそくのともらぬ世界は
わずかなわずかな遠いあかりが輝くのみ
わずかに空の向こうに
夕焼けの残り火が見えるのみ
なぜかはわからないけれど
私にはろうそくの光が必要だ
文字とはどうして生まれたのだろう
文字はきっと言葉をなくした人が
もう一度言葉を取り戻すために
発明したにちがいない
わずかな声さえなくした人が
もう一度夢を空にむかって叫ぶため
きっと雲を見ながら思いついたはず
きっと最初の文字は
私という文字だったにちがいない


  言葉をなくした世界

なぜだろう
みんなもし私が言葉をはなせていたら
出会うこともなかったはず
まるで私に言葉がないことが
いいことのようだ
みんな言葉のない私の心の声に
その耳を澄ませる
なぜだろう
私は言葉のないことが
しあわせの入口のように思える
ゆいつの私のしあわせへの通路は
わずかなわずかな言葉をなくしたことだ
よい私のドラマは
こうしてようやく始まった


 みずかららしさのあるかぎり

なぜ私は理解されたのか
私はみずからのみずかららしささえわかってもらえれば
それ以上は止めない
だけど私は理解をされた
わずかなわずかなどうにもならなくなりそうな
ごんごんと希望のわきだしてくる泉から
私は理解への鍵を手にした
無難に生きていればすむかもしれない
そんな場所から日のあたる場所へと歩みだした
ずんずんと前に向かっていこうとする私に
容赦なく風は吹きつける
しかし私はもう前に向かって歩み始めた
だからにどと振り返ることはない
みずからのみずかららしさをなくしてしまわないかぎり


 書きためた詩もだいぶたまってきました。先日、お母さんが、これまでの詩をすてきな小冊子にまとめておられました。次回も楽しみです。
2012年9月5日 00時38分 | 記事へ | コメント(0) |
| その他 |
「心の理論」について
 自閉症と呼ばれる青年とお会いしたました。今回が2度目です。
 前回、彼は、様々な話の中で、今、自閉症研究の中でよく語られる「心の理論」に関する議論について、批判を述べました。記録が残っていなかったのですが、再会した彼は、まっさきに、そのことから語り始めました。

 さっそくですが僕は心の理論について改めて述べたいと思います。僕たちには相手に心があるということがわからないなどと言われていますがそれはまちがいです。僕たちにも相手に心があるぐらいわかっていますがただテストは苦手です。なぜなら人間には心があるけれど僕たちはテストで何を聞かれているかはわかりにくいからです。テストには引っかける問題がありますがそれがよく理解できないからです。誰でもわかることは評価されないで難しい問題に間違うとそのことだけを取り上げられて困ります。特に心が理解できないなどということを言われるとまるで僕たちが人間ではないかのように言われて残念です。なぜむずかしいかというと問題が何を並べているかわからないからです。なぜかというと見るのが難しいからです。順番がわからないと何を聞かれているかわかりませんからかえって言葉だけで聞かれた方がまだわかりますが言葉がわかるとさえ思われていないのだからどうしようもありません。
 初めて心の理論を否定する研究者に会えたのでもう一回きちんと言いたかったです。ばかばかしいとまでいう人もいたのですね。僕たちは何度傷つけられてきたかわかりません。でもこうしてわかってもらえてよかったです。


 「心の理論」に関する議論は様々で、指示する意見も批判する意見もあります。私は、恥ずかしいながら、十分にそれらを理解しきっているわけではありません。ただ、心の理論に関して書かれた本の名が「マインドブラインドネス」(心について盲目とでも訳せばいいのでしょうか。)というようなことことからも、当事者に寄り添おうとする気持ちがあまり見られない話だと思っていました。
 心の理論にまつわるテストを自閉症と呼ばれる方が苦手としているのは事実です。しかし、その説明をどうするかということで、決定的な過ちをおかしていることがわかります。当事者のこうした発言をまだ、学問的に認める人はいないかもしれませんが、あまりにもまっとうな彼の言葉を、私は、ただただ認めるしかありませんでした。
 
2012年9月5日 00時27分 | 記事へ | コメント(0) |
| 自主G多摩2 |
2012年09月03日(月)
出生前診断について 青年学級における当事者の意見
 9月2日の青年学級では、出生前診断について話し合いました.以下は、その時の当事者のパソコンを通して表明された意見です。社会にとってはとてもむずかしい問題ではありますが、当事者にとっては、きわめてシンプルな問題です。

Mさん
 やさしいIさんが心配です(Iさんはダウン症の方ですが、最近、加齢とともに、いろいろなことができなくなってしまいました)わたしは出生前診断には反対です。なぜならIさんたちは生まれないほうがいいという考え方だからです。小さいときからなつかしい言葉があります。それは「私たちはみんな同じ人間だ」という言葉です。なつかしい文字は共生です。なぜみんなわかってくれないのでしょうか。悔しいです。

Hさん
 人間だから命にちがいはありません。がんばってきたのにまだ世の中には理解されないのですね。情けないです。まるでぼくたちはいらない存在ですね。残念でなりません。

Sさん
 誰にも気持ちがあるのだから生まれなくていい命などありません。そんなかんたんなことがまだわからないなんてとても悲しいです。私たちの人権はまだ守られていないということがよくわかりました。

Tさん
 自分たちの命が冒涜されているみたいで許せません。小さいときから私たちはよけいものと言われて寂しかったけど理解されないままですね。なぜあいかわらずわかってもらえないのでしょうか

Iさん
 ゆゆしいもんだいですが私たちはみんな同じ人間だと思うので悔しいです。小さいときからまったく変わっていませんね。わらをもすがる思いで敏感な人の意見を待っていました。びっくりしました。がんばったばかりなのにまったく理解されなくて。

 ダウン症などという言い方を私たちは関わり合いの中ですることはありません。ダウンという一人の医者の名前と、病気でもないのに「症」という言葉を組み合わせた呼び名の前に、私たちはかけがえのないその人の名前を呼べば十分です。ただ、残念なことは、いまだに、この文章ではイニシャルを使わざるをえないという現状でしょう。  

2012年9月3日 21時03分 | 記事へ | コメント(0) |
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